- ナノ -



VSデボラ:02

遥か谷底に落ちていくデボラさんの姿を見つめ俺は見えなくなったところで眼を伏せた。
この決断をするのにヘレナさんはどれだけ考えたんだろう。
たった一人の肉親を自分の手で捨てるのに、どれだけ覚悟したんだろう?

それは俺には量り知ることはできないけれど。きっととても辛い。

「あいつが、これを仕組んだのよ……」

ヘレナさんは漸く真実を口にした。
シモンズ、という男にヘレナは妹――無二唯一の肉親デボラを人質にされ、何でもする傀儡になりさがったらしい。
大統領の警備に隙を作ったのも私だ、とヘレナさんは言う。

「シモンズらしい、やり方ね……」

ヘレナさんの話を聞いていたエイダさんが落ち着いた声で言う。
なんとも不思議なのだが、どうやらエイダさんは"シモンズ"と知り合いのようだ。
レオンさんは何がなんだか、といった風に肩を竦めた。

「ヤツの目的は何だ?」

「話せば、長いわ」

エイダさんはそういうと、腰につけたポーチから青白く発光した三角柱のカタチをした何かを取り出した。
かさばりそうなカタチだなぁとそれを眺めているとエイダさんと眼が合う。
眼をぱちくりさせていると、エイダさんはくすりと微笑んだ。
でも、それは一瞬で次の瞬間には険しい顔をしていた。

「相手はこの国を作った連中よ。うまく立ち回らないと自分たちが死ぬことになるわ」

エイダさんはそれだけ言うと、銃らしき物を天井に向かって撃った。
銃口からはワイヤーが飛び出して、エイダさんの身体が勢いよく上がっていった。

ぽかんと見上げているとエイダさんが俺を見下ろして手を振った。
そして口ぱくで何か言う。

『ま た 会 い ま し ょ う』

俺はきょとんとして頷いた。
くす、とエイダさんはまた綺麗に微笑むと今度こそ見えなくなった。

『レオン、今どこなの?』

機械を通したような音声が聞こえて菜月は振り返った。
レオンさんの手元にモバイルがある、恐らく先ほどの女性の声はアレから発されたんだろう。

どこと通信しているのか気になって、菜月もレオンの元に駆け寄り画面を覗き込む。
メガネをかけた色黒の女性が困った表情をして此方を見ている。

「シモンズはそこにいるのか?」

『……えぇ』

女性は歯切れ悪そうにレオンの問いかけに頷いた。

「ヤツに注意しろ、ヤツが事件の……!」

レオンさんが首謀者だ、と言いかけた瞬間画面が動いた。
そして、悪そうな顔をした白スーツの男が画面に映る。

『私がなんだって?』

にやりと嫌な笑みを浮かべて此方を見返した。
ヘレナさんもレオンさんも険しい顔で画面を睨んだ――正確には画面に映ったシモンズを。

『大統領から君の事は聞いていたよ、ケネディ君』

「俺もあんたのことは聞いている。30年来の盟友だとな」

『大統領の死に立ち会ったそうだね、君達だけで』

完全によそ者の菜月には何のことやらちんぷんかんぷんだったが、良くないことが話されていることだけは感じ取れた。

「何が言いたい?」

『このテロについて君達に容疑が掛かっていてね』

「よくも……!」

いわれもない罪を擦り付けられてヘレナさんが噛み付く。
が、シモンズはそんなヘレナさんをせせら笑うように言葉を続ける。

『エージェント・ハーパー。現に君はテロの発生直後、自らの任務を放棄し……大統領の傍から姿を消した』

これは何よりの証拠ではないのか?
でもこれはシモンズの指示だった。先ほどヘレナさんはそういっていた。
自らの手は汚さずってことか、気に入らない男だ。

「ふざけないで!このテロを仕組んだのはあなたよ!」

『告発のつもりかね?何を証拠に言っている。私は合衆国を護る立場……国家の安定を保つ事……それこそが私の使命だ』

「嘘よ!」

今にもモバイルを叩き割りそうな勢いのヘレナさんを慌てて手で制する。
俺も画面を睨み、口を開いた。一言文句言ってやらなきゃ気がすまなかった。

『大統領を殺したテロ事件……君達はその容疑者だ』

「……聞けば聞くほどサイテー男だな!アンタ!!レオンさんもヘレナさんもそんな事する人じゃない!」

怒りの余り眼が赤く染まる。
瞳孔が鋭く尖るのを客観的に感じ取った。
俺の口出しにシモンズは訝しげな顔をした。

『……誰だね、君は』

「菜月……レオンさん達に助けられた一般人だよ……」

ただの一般人か、と聞かれるとそうではないと思うが、今は一般人と言った方がいいだろう。
菜月の答えを聞くとシモンズはフンと鼻で笑った。

『……無実を証明したければ私の前へ来たまえ』

ぶち、と強制的に通信が切られた。
なんとも腹立たしい男だった。こんなヤツにレオンさんやヘレナさんが罪人にされるのは気に入らない。
むくれた顔をしているとぽん、と頭に手が置かれた。

顔を上げると優しい顔をしたレオンさん。

「ありがとう、ナツキ」

「俺、別にお礼を言われるような事してませんよ?」

「シモンズにがつんと言ってくれたでしょ、私達も言いたかったことだから嬉しかったわ」

「そ、そお?どういたしまして?」

ヘレナさんにも言われて俺は顔を赤らめて頭を掻いた。
お礼を言われるのってやっぱり慣れない。何と言うか気恥ずかしい気持ちになる。

あわあわしてると、またヘレナさんに笑われた。
ちょっと、元気になったのかな?だったら、良かった。
肉親を失うのって辛いよな。俺には誰もいなかったから分からないけれど、きっと心が痛いんだ。



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