黒髪の女:01
少しひらけたところにきて、デボラさんの容態が悪化した。 苦しそうに声を上げている。 ヘレナさんが声をかけているが、それぐらいで治ったら苦労はしない。
菜月もデボラの傍に屈み込み、彼女を見る。 胸を押さえて本当に苦しそうだ。
その瞬間だった――
「わあっ!?」
彼女が突然発火したのだ。 驚いて尻餅をつく。ヘレナさんもレオンさんに引き離される。 デボラさんの身体がどろりとドロける。 手が伸ばされた状態で硬化する。どす黒くなって動かなくなってしまった。
これ、さっきのビデオと同じだ。 じゃあ、背中から――
「駄目……こんなの嘘よ」
ヘレナさんが目の前の出来事を認めたくない、という風に声を震わせる。 映像と同じようにぱかりと背中が割れる。 膜を纏った何かが出てくる。
菜月とレオンは無意識のうちに銃を構える。
手らしきものがヘレナさんに伸ばされる。 ヘレナさんもその手を取ろうと、そろそろと手を擡げた。 が、その手がそれを掴むことはなかった。
バシュ――
何か音が聞こえて、俺の横を長い棒が横切りデボラさんを打ち抜いた。 勢いよくデボラさんは吹き飛び、地面に縫い付けられる。
小さな悲鳴を上げてヘレナさんはデボラさんの傍へ駆け寄る。 俺とレオンさんは振り返った。
赤い服を着た女の人。その人の手にはボウガン。 さっきの長い棒はそれの矢だったようだ。 それよりも気になるのは、その顔だ。先ほどの映像の主と同じ顔だ。
じゃあ、この人が――
「エイダ!?」
「まるで、化け物でも見るようね」
落ち着いた大人の女の人の声だった。 驚くレオンさんとは対照的に彼女は焦りも驚きもしていないようだった。
険しい顔をしてヘレナさんがエイダさんに銃を向ける。 エイダさんは銃を向けられても平然とした顔をしていた。 かなり場慣れしているみたいだし、此方に対して敵意はないように見える。 それに気付いたのか、レオンさんはヘレナさんに銃を下ろさせる。
「エイダ……どういうことなんだ?」
「色々と複雑なの」
その色々、と言う部分を教えて欲しいのだが。 という心の中の突っ込みはさておいて、頭上から妙な音が聞こえてきた。
ごごごご、という音はだんだんと近くなってくる。 どうやら暴れすぎたらしい。
「どうする?まだ話を続ける?」
エイダさんの問いかけに誰も何も言わなかった。 ともかくこの状態で話を続けるのは無謀としか言いようがない。
一時会話を切り上げて、避難できる場所があるか見回す。
「長くは持ちそうにないわね……とりあえず、下へ逃げましょうか」
エイダさんが独り言のように呟いた。
と、その時背後で何かが動き出す。 振り返ると同時に頬にとんでもない衝撃が走る。
「ブッ!?」
横っ面を張り倒されて、俺は地面に打ち付けれられる。 あまりの痛みに目じりに涙が浮かんだ。 赤く腫れているだろう頬を押さえて、事態を確認する。
デボラさん(だったもの)の背中からいびつな形の鋭い何かが三本ほど出ている。 先ほど菜月を突き飛ばしたのもアレだろう。 ……それにしても、痛い。
――ピシッ……
あまりにも暴れすぎたらしい。足元から嫌な音が聞こえた。 自分の足元にできた皹を見て、顔から血の気がうせていくのを客観的に感じた。 がく、と足元が陥没しあっという間に崩壊した。
「ぎゃああぁああああ!?」
身体に襲い掛かる浮遊感に悲鳴を上げる。 が、次の衝撃に俺は呻いた。 案外落下距離は短かったが、受身も取れずに思い切り胸を打ちつけてしまった。
肺が収縮して一瞬息が詰まる。
「う、ごほ、ごほっ!?」
怪我はないが、痛かった。 涙目になりながら、起き上がる。 黒いブーツが眼に入った。顔を上げるとエイダさんが手を差し伸べてくれていた。
「ふふ、大丈夫かしら?ウェスカーのお気に入りさん」
差し伸べられた手を掴んだ瞬間に言われて、俺は驚いてエイダさんの顔をまじまじと見つめた。 どうして、ウェスカーと関係があることを知っているのだろう。 お気に入りだったか、どうかはさておいて。
「秘密」
俺の聞きたいことを分かっていたらしく、エイダさんは先に言った。 半開きだった口を俺は仕方なしに閉じた。
「……それ、レオンさんたちに……」
「わかっているわ、心配しないで」
くすくすとエイダさんは笑って頷いた。
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