- ナノ -



クレアさんと。:03



気を取り直し、頬に絆創膏を張り付けた俺はクリスとクレアさんとリビングのテーブルに着いていた。
目の前にはクレアさんが作った色とりどりの料理が並んでいる。食堂で食べるのが常になっていたため、久しぶりの手の込んだ料理に胸が弾む。

「いただきます」

胸元で手を合わせて、身体に染みついた食前の挨拶をすると、クレアが物珍しそうな顔をする。
そういえばアメリカではこういうことをしないのだった。

「ナツキは日本人だからな」

「あぁ、そうだったわね。勝手が違うと大変じゃない?」

忘れてたというようにクレアさんは頷き、問いかけてきた。俺はほんの少し遠い目をしながらまあ、と曖昧な返事をする。
うっかり寄宿舎の自分の部屋に入るときに靴脱ぎかけたり、ユニットバスに湯をためようとしたり、まあ色々あったけれど、さすがに今はもう慣れた。
すぐそばにあるマカロニグラタンをフォークですくいあげて口へと運ぶ。ぷりぷりとしたエビが入っており味は下手な店よりおいしい。

「どう?」

「美味しいです」

味わうようにしっかりと咀嚼してから飲み込む。クレアさんは俺の表情を見て満足そうに笑みを浮かべた。

「兄さんからナツキが来るって聞いて、いつもより頑張ったの」

遠慮せずにたくさん食べてね、とクレアさんに言われて、ナツキははい!と元気よく返す。
皿に盛られたフライドポテトを摘まんだり、ステーキを食べる。どれもこれも美味しくて、クリスとクレアさんと過ごすこの時間がとても幸せだった。
初めて家族で囲む食卓が温かすぎて、じわりと目が潤む。でも、こんなところで泣いたら二人を困らせてしまう。

(ああでも、どうしよう、嬉しくて涙が……)

口元は弧を描いているのに、目の奥が熱くて今にも溢れてしまいそうだ。
ばれないように不自然じゃない程度に顔を俯けて、料理を食べる。

「ナツキ?どうかしたか?」

口数が減ってしまったナツキに気づいて、クリスが心配そうに声をかけてきた。
けれど、答えられなかった。今声を出せばおそらく涙声になってしまっているだろう。何でもない、と、俯いたまま首を横に振る。
一度フォークを置き、目元を手で覆い隠した。もう耐えられそうになかった。

「……ごめ、嬉しくて……」

ぽろりぽろりと落ちてくる涙を必死に拭う。別に悲しくて泣いてるんじゃないんだと、必死に笑顔を作ろうとしたけれど上手くいかない。
ぐずぐずと鼻を啜りながら、強引に口角を上げる。

ずっとずっと欲しかったものが、目の前に広がってる。クリスと会えただけでも幸せなのに、こんなに幸せになってもいいのか逆に不安になってしまう。
だって俺は人間じゃなくて、ウロボロスウイルスに適合したバケモノで。家族という言葉から最も離れた存在なのに。クリスの家族になれて、こんな風に料理を囲んで談笑なんて、これ以上の幸福なんてきっとこれからもないと思う。

「ナツキ、泣きたい時は泣けば良い」

クリスの言葉で更に涙腺が刺激されて、涙が溢れ出す。嗚咽を漏らしながら、ナツキは涙を何度も拭う。
そっと差し出されたタオルを受け取り目元に押し付けた。

「家族って……すごく、温かいね……」

ぽつりと零した呟きにクリスとクレアさんが優しく微笑んだ。
二人の笑みを見ていたら、いつの間にか涙も引っ込んだ。ナツキはタオルを膝に置き、小さく息を吐き出してから顔を上げる。

「俺……クリス達に何も返せないかもしれないけど……その、これからもよろしく」

改めてよろしく、というのが小恥ずかしくって蚊の鳴くような声になってしまった。

「ああよろしく、ナツキ」

「ふふよろしくね、ナツキ」

それでも二人にはきちんと届いたらしい。
二人の返事に俺はほんの少し顔を赤らめながら、にっこりと笑った。


――いつでも帰ってきてもいいのよ。ここはもうナツキの家なんだから。


じわりと胸が熱くなって、せっかく止まっていた涙がほろりと落ちる。
再び顔にタオルを押し付けたナツキにクリスとクレアさんがくすくすと笑う声が聞こえた。



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