クレアさんと。:02
クリスの隣を歩いてたどり着いたのは、大通りから少し離れたそれなりに大きな家の前だった。 赤レンガの外壁に黒い窓枠がはめ込まれている。カーテンがかけられているせいで、中の様子はわからないが一階の窓からは穏やかな白い光が漏れている。 入口の柵を押し開けて、きちんと手入れされた庭を跨いで玄関へとたどり着く。
クリスが鍵を開ける間、ナツキはおどおどとしながら辺りに視線を彷徨わせる。 "会わせたい人"というのはいったい誰なのだろう?さっき聞こうとしたら、秘密だと言われてしまって分からずじまいだった。
「ナツキ?ほら、入るぞ」
「へ、あ、うん!」
呼ばれてはっと意識を戻せば、家の中に身体を半分入れた状態でクリスが待っていた。 慌てて返事をして、クリスの元へ急いだ。遠慮がちにそっと家の中へ入る。 お邪魔します、と小さな声で言うと、クリスが変な顔をした。何か変なことを言っただろうか。
「ナツキ、もうここはお前の家だろう?」
「あ……そう、だね」
クリスの指摘に俺は思い出したように頷いた。そうだった。もう俺はクリスと家族なんだから"お邪魔します"は可笑しい。 えっと、と少し考えてから頬を人差し指で掻きながら、おずおずと口を開く。
「……ただいま」
「おかえり」
当たり前の事なのに、何だか気恥ずかしくてナツキは視線をそらす。 そんなナツキにクリスはくすくす笑って、さあ行くぞと廊下を歩き出した。
トントン、と規則正しい包丁の音が響く。誰かがキッチンで料理をしているようだ。 ほんの少し緊張しながら、クリスの後をついてリビングへと足を踏み入れる。キッチンの奥にいた"誰か"はナツキ達が来たのに気づいたらしく、手を止めてキッチンからリビングへと出てきた。
クリスと似た髪色の女性がクリスの背に隠れたナツキを見てにこりと微笑む。 会わせたかった人とはどうやらこの女性のようだ。恐る恐るクリスの背から出て、女性と対面する。
「初めましてナツキ。私はクレアよ」
「あ、どうも、初めまして、ナツキです」
差し出された掌をつかみ、握手する。クレアは義手にほんの少し驚いた様子を見せたが、振り払ったりはしなかった。 義手で握手すると嫌がったり、吃驚して手を引っ込められる事が多々あったため、クレアの反応に内心でほっと安堵する。 それにしてもクレアさんはクリスといったいどういった関係なのだろう。まさか妻……とか?いや結婚してるとかいう話は一度も耳もしていないから違うと思うけれど。ううん。 頭の中でぐるぐる可能性を考えていると、クリスが横からその答えを教えてくれた。
「クレアは俺の妹だ」
「あ、そうなんだ」
通りで髪の色がよく似ていると思った。けれどそれ以外はあまり似ていない印象だ。 ぱっちりとした大きな青い目で、顎のラインはシャープで……うん、全然似てない。クリスみたいにごつくないし。 ナツキから見ても美人に分類される顔つきをしている。あ、でも妹――
「って事は、おばさ――」
"ん"とナツキが言いかけた瞬間に銀色に煌めく何かが飛んできて頬を掠めた。 サクッ、と背後で変な音がして、ナツキは顔を引きつらせて怖々後ろを確認する。白い壁紙にぐっさりと包丁が突き刺さっている。 思い出したように頬が痛んで、血が頬を伝う感覚がした。
「何か不愉快な言葉が聞こえたような気がしたのだけれど?」
「……ごめんなさい、すいません、許してください、クレア姉様」
背後に般若を背負いながら、にっこりと笑うクレアさんに俺はぷるぷる身体を振るわせて謝罪する。 笑顔なのに!圧力が!無言の!圧力が!あるよ!!ぐずん!
「全くまた手が滑ったのか?危ないだろう、クレア」
「えぇ、ついうっかり。ごめんね兄さん」
般若が見えていないのか、クリスはやれやれという風に苦笑いを浮かべながら、壁に刺さった包丁を何でもないように抜いてクレアに返す。
いやいやいやいやいやいや!!今の手が滑ったとかいうレベルじゃなかったよね!明確な殺意があって投げられたよね!ダーツのようにまっすぐに俺に向けられてたよね!! てかついうっかりで包丁投げるのかよ!命がいくらあっても足りねェよ!!ちくしょー!!
クリスの鈍さに思わず心の中で全力の突込みをしてしまった。天然なのか何なのか前々から思ってたけど、あの黒さをどうしてクリスは分からないのかそれだけが不可解だ。 そして俺の周りには黒属性の女性しかいないようだとがっくりと肩を落とした。
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