- ナノ -



シェバと。:01


飛行機から降りると、眩い日差しが菜月を突き刺した。
その日差しの強さに菜月は手で顔を庇いながら目を細める。
深呼吸をした。砂っぽい空気が思い切り肺の中に入り、菜月は咽せる。

BSAAの仕事も大分慣れた。
初めのうちは慣れない事の連続で失敗ばかりしていたが、もう一人で一通りの事はできるようになった。
ずっと苦労していた銃もようやっと的の中心に当たるようになってきた。それでも前のように完璧には撃てないけれど。
任務に毎日の訓練、更に自主訓練を繰り返す毎日だったため、少し羽を休めろと上官に言われた。

そんな訳で、BSAAになってから初めての有給休暇だ。
唐突な有休で、何をするか悩んだ末にここにくる事に決めたのだ。と言ってもすぐにとんぼ返りしなければならないのだけれど。
着替えを詰め込んだキャリーを片手で引きながら、もう片方で支給されたばかりの最新モバイルを持ち、映し出される地図を確認しながら歩く。
空港からそう遠くない場所に赤丸が点滅している。

多分、そこにいる筈なのだ。
長い間会えていないあの人が。

任務じゃない事を祈りながら、菜月は表情を緩めてスキップ混じりに進む。
護身用に胸元に隠し持っている銃が危なっかしくカチャカチャ音を立てるのも気付かなかった。

歩く事十分。
目的の建物が見えた。
見慣れたロゴの付いた建物に俺は軽い足取りで入る。

「失礼、身分証を確認させてくれ」

警備員らしき男が菜月を警戒するような訝しげな目で見て此方へやって来た。
あぁ、と菜月は声を上げ、首に掛けていたパスポートケースから一枚のカードを見せる。
にんまりと笑う俺の顔写真入りのカードだ。それにはこのビルのロゴと同じものが印刷されている。
警備員はそれを念入りに確認した後、小さく頷いてカードを返してくれた。
ありがとう。と礼を言い、カードを元の場所へ仕舞うと受け付けに向かった。

「え、と……BSAA北米支部の菜月・レッドフィールド、です。寄宿舎を――」

「はい、レッドフィールド様ですね。既にお話はお伺いしております。此方が寄宿舎のカードキーです」

寄宿舎は此方のビルの裏手にございます。と受付嬢は良い笑顔でカードキーを差し出してきた。カードキーを受け取り、とりあえず荷物を寄宿舎へ置きに行くために、そこを後にする。

レッドフィールド。クリスと同じ苗字。その名を頭の中で繰り返し、笑みを浮かべた。
その訳は簡単だ――菜月が、クリスの養子になったから。
家族が欲しい。ピアーズに漏らした言葉がクリスの耳に入ったらしい。
養子なんて二つ返事で決めれるような簡単な話ではないのに、クリスは嫌な顔する事なく俺を養子にしてくれた。
菜月なら大歓迎だ、なんて笑いながら。嬉しくて涙が出てしまった。

寄宿舎へはすぐにたどり着けた。年月が経っているのか、少々建物は痛んでいるがセキュリティは万全のようだ。
入り口にいた警備員に愛想笑いをして軽く頭を下げてから寄宿舎の中へ入った。
辺りを見回してから、再度カードキーを確認した。ナンバーは204だ。2から始まっているから二階か、と思い菜月は入り口のすぐ右手にあった階段へと足を運んだ。

「……ふー……」

荷物を抱えて階段を上がるのは中々に骨が折れた。
小さく息を吐き出してから、菜月は二階の廊下を歩き出した。
扉の数字を確認してからカードキーを通して部屋に入る。

小ぢんまりとした部屋だが、一人で住むには十分の広さがある。
キャリーをベッドサイドに置き、貴重品だけを身につけてから寄宿舎を出た。

照りつける日差しは熱い。
それにげんなりしながら、菜月は再びBSAA西部アフリカ支部へ戻った。

「すいません。あの、聞きたい事が――」

「……ナツキ?」

受付嬢に尋ねるよりも前に誰かが俺の名前を呼んだ。
きょとんとして、振り返る。見覚えのある小麦色の肌。黒い髪の女性。

「あら、シェバちゃん!此方は北米支部からいらしたナツキ・レッドフィールドさんですよ」

にこにこと笑って受付嬢がその女性の名前を呼んだ。
そして、ご丁寧にも俺のフルネームまで告げてくれる。

愕然とシェバは菜月を見つめたまま硬直する。
菜月はそんなシェバにどう反応すればいいのか分からず、とりあえず軽く手を上げて挨拶した。

「……久しぶり、シェバ……」

にっこりと笑いながら、菜月は呼びなれた名を口にした。
きちんと彼女と向き合ってシェバ、とその名を呼ぶのは随分と懐かしい。

「……本当に、ナツキ?」

「うん……あの、菜月、だよ」

よろよろと覚束ない足取りで、シェバが菜月に近づく。
左頬に手が触れた。まるで菜月の熱を確かめるかのように、恐る恐る。

俺はそれに困ったように眉を下げながら、その手に自分の左手を重ねた。

「あの日から……ずっと悲しくて……かなしくて、辛かったわ……」

「うん……」

「なんで、ナツキが……って、」

「うん」

「こんなの無いって……骨も残らないなんて、って」

「うん、」

「自分から死にに行くなんて……馬鹿じゃないの……」

ぽろりぽろりとシェバの瞳から落ちていくそれを、俺はただ見ているしか……苦しげに語られるそれに頷くしか、出来なかった。
俺がいなくなってからシェバがどれだけ辛い思いをしたのか、俺にはわからない。残される者の苦しみを俺はまだ、上手く理解することが出来ない。
いつか俺にも理解出来るときが来るのだろうか。

視線を下に落とす。透明な雫が足元で弾けた。
それを見てから、俺はゆっくりとシェバに話しかける。

「でも、またこうやって、戻ってきたから……さ」

また話せるよ、一緒にいられるよ。だから、泣かないで。
そっとシェバの目元に手を伸ばし、零れ落ちる寸前の涙の球を親指の腹で掬い取る。
すると驚いたようにシェバが菜月を見た。

「……随分、女っ垂らしみたいな仕草するようになったわね……」

「…………それ、酷くない?」

あれ、ここ感動のシーンじゃなかったかな?あれ?
半目で此方を見上げてくるシェバに俺はがっくりと肩を落とした。



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