クリスと。:04
ナツキの住んでいる寄宿舎はBSAAの建物から出て少し歩いたところにある。 そこまでの道のり、何故だか無言になってしまう。 とぼとぼと隣を歩くナツキは顔を俯けており、表情は分からない。
無音だからか、声を掛けづらい。だが、躊躇っていては寄宿舎についてしまう。それまでに話しておきたい事があった。
――ナツキ、家族が欲しいって、言ってましたよ……。 ピアーズが以前言っていた言葉が頭の中で繰り返された。
家族。父に母、姉や兄、妹や弟。実験で創られたナツキにはいないソレら。 どんな想いでナツキは"家族"と口にしたんだろう。
ピアーズからそれを聞いた時、俺は心に決めた。
「あ、じゃあクリス、ここまででいいよ」
唐突にナツキが口を開いた。はっとして顔を上げると寄宿舎が目の前にあった。 いつの間にかここまできてしまっていたようだ。ふわりと笑って、ナツキは此方を見上げている。
「あ、あぁ……」
「うん……じゃあ、また……」
肩の位置まで手を挙げ、ナツキはクリスに背を向けて寄宿舎の中へ歩き出す。 だんだんと離れていくナツキの背中を見て、このままでいいのかと自問自答する。 言えないままじゃ後悔する気がした。
「ナツキッ!」
気付いた時には叫んで、ナツキに駆け寄っていた。 突然名前を叫んだ俺にナツキはきょとんとして振り返る。
「どうしたの?クリス」
「……ナツキさえ良ければ……なんだが、」
その。歯切れ悪く、クリスはゆっくりと言葉を選ぶように話す。 中々話さない俺にナツキはこてんと首を傾げて何?ともう一度尋ねてきた。 深呼吸をして、俺は息を吐き出すように言葉をつむいだ。
「俺の養子に、ならないか……?」
「……ぇ……?」
言った事を理解できなかったのかナツキは困ったように眉を下げる。
「ナツキを俺の子として、迎え入れたい……」
と、思っているんだが、どうだ? 言葉を変えて再度尋ねると、ナツキは息を詰めて此方を見上げてきた。 心なしか震えているように見える。
じわりじわり、瞳が滲む。そこから透明な雫が零れ落ちるのにそう時間は掛からなかった。
「……い、いいの?……俺、邪魔じゃない?」
零れ落ちる涙を袖で拭いながら、ナツキが聞き返す。 ゆるく首を振り、邪魔な訳ないだろ、と俺は微笑んだ。
途端に、花が咲くようにナツキが破顔した。
「……嬉しいよ、そんなの……ねぇ、本当?嘘じゃないよな?」
「嘘じゃないさ」
ぽんぽんと頭を撫でると、ナツキはくすぐったそうにして目を細める。 涙を何度も拭いつつ、ナツキは顔を綻ばせた。その顔を見てクリスも嬉しくなる。
……その笑顔をずっと見たかった。
「……じゃ、じゃあ……さ、ずっと言ってみたかった言葉があるんだ……」
言ってもいいかな?とナツキがおずおずと尋ねてきた。 小さく頷き、了承するとナツキは少々顔を赤らめ、はにかみながら蚊の鳴くような声でぽつりと言う。 聞き逃してしまいそうな小さな声だったが、確かに聞こえた。
――父、さん……。と。
-fin-
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