- ナノ -



彼らと共に:02

奥へ進むと、薄汚い部屋にたどり着いた。
牢獄のようになっており、鍵付きの鉄製の扉がいくつもある。
扉といってもドアノブはなく、どこかで操作して開けるのだろう。

扉には目線の高さに小さな隙間が開いており、中を覗くことができるようだ。

「神様のご加護も期待できないな……自力で切り抜けるしかなさそうだ」

ぼそりと背後でレオンさんが呟いた。
俺はその言葉に反応して、振り返る。
やけに暗い顔をしたレオンさんが目に入った。

こんな事態だし、暗くなってしまうのは仕方ないのかもしれない。
でも、嘆いていたって結局前に進むしかないのだ。

菜月はレオンから視線を外し、少し背伸びして扉の中を覗き込んだ。

「げ、」

ゾンビが中でふらふらと動いている。
自動扉のため中から自力で出てくることはなさそうだ。
それに僅かに安堵しつつ、奥に行ったレオンさんの姿を確認する。

「パネルと扉の数字が連動しているらしい」

レオンさんが奥に進める格子戸の上についたプレートを見上げながら言った。
確かに格子戸の上には数字の"2"が書かれている。
が、もう二枚あったであろうプレートは無残に剥がれてなくなっている。

牢獄らしいところにもプレートが掛かっており、それぞれ番号がついている。
その番号も奥に進む格子戸のプレートと同じくところどころ剥がれている。
間違った、というか下手に入力するとゾンビの扉を開けてしまう、ということか。

ふむふむと腕を組みながら納得している俺をよそに、背後から番号押すよーとヘレナさん。

ガガッ――鈍い音を立てて開いたのは、今しがた覗いたゾンビ入りの部屋。
待ってました、と言わんばかりに喉の発達したゾンビ、シュリーカーが飛び出してきた。

「ぎゃぁあ!?」

『ぎゃぁああああああ!!!』

俺の悲鳴を上行く、劈くような悲鳴に思わず耳を押さえた。
とんでもなくやかましい。頭の中ががんがんとしている。

「う、うるさぁい!!」

至近距離にあったぶよぶよの喉に右ストレートを喰らわせる。
風船が割れるような、感触がしてぐちゃりと膨らんだ喉がつぶれた。

そのまま後ろに倒れたシュリーカーを怯えた顔で見つめ、そっとその死体から離れた。

「ヘレナさんもうちょっと考えて入力してくださいよ……!」

俺の参ったような声を聞いているのかいないのか、ヘレナさんはまた違う番号を入力している。
が、どうやら今度は上手く正解を押したらしく奥の格子戸が開いた。

また似たような部屋がある。

しかし今度は先に進むための扉のプレートのナンバーは全て剥がれてしまっている。
それから牢獄の扉が3つあり、そのうちの一つには何故だか2つプレートがぶら下がっている。

我先に、とパネルに走っていくヘレナさんの背中を見送り、俺は牢獄の中を確認する。
一つには科学者みたいなゾンビが一人。
一つには赤く目を光らせた怖い顔をしたゾンビが一人。
一つにはシュリーカーが突っ立っていた。
……どれもあけたくはない。

「……ヘレナ!"021"と入力してくれ!」

顎に手を当てて考え込んでいたレオンさんがヘレナさんに向かって叫んだ。
わかったわ、と頷いてヘレナさんが番号を入力する。

見事、先に進むための扉が開いた。

「わあ、あいた!レオンさん凄いですね!」

「まあ、考えればなんとか分かる」

素直に褒めるとレオンさんは照れたように頭を掻いた。
さあ、先に進むぞ、なんて照れ隠しのようにずんずんと先を進み始めた。
クリスとは違ったタイプで面白い。
くすくす笑いながら、レオンさんの後を追いかける。

くすんだ赤色の扉を蹴破り奥へと進む。
小さな部屋だった。汚い壁なのは相変わらずで、小さな椅子が電球の下に置かれている。
ヘレナさんはその椅子の傍で膝を突いた。

「待って……この場所、覚えてる!デボラが近くにいるはずだわ!」

ヘレナさんはそういうとば、と先に向かい始めた。
置き去りにされた俺とレオンさんはヘレナさんの後姿を見つめ不思議そうに首をかしげた。

「「……デボラ?」」

レオンさんと言葉をシンクロさせる。
どうやらレオンさんも知らないらしい。

ヘレナさんをひとりで先に進ませるわけにはいかない。
急いで彼女の後を追いかけた。

「どうか無事でいて……」

追いつくと、ヘレナさんの呟きが聞こえた。
訳ありだとは思っていたけれど、なんだかかなり色々ありそうだ。
聞きたいが聞けないのはヘレナさんの表情がとても辛そうだったから。

L字の廊下を走りぬけると、機械がが沢山置かれた部屋があった。
真ん中には寝台があり、女の子が寝かされている。
ヘレナさんは女の子の顔を見て険しい顔をした。

「……違うわ、あの子じゃない。どこにいるのよ……!」

どこ!?どこにいるの、とヒステリック気味に叫んでヘレナさんが駆け出した。
慌ててその後を追いかける。

周りを見ても汚い部屋ばかりで、どこにもデボラさんらしき人はいない。

再び寝台の置かれた部屋に来た。
しかし寝かされているのはゾンビばかり。
素早く倒してから、レオンさんが口を開いた。

「さっきから振り回されっぱなしだな。流石にうんざりだ。種明かしはいつになる?」

「今は時間がないの。お願いよレオン、もう少しだけ待って」

少し怒ったような口調になったレオンさんに俺は内心驚く。
常に冷静だったのにどうやら先走りっぱなしのヘレナさんに苛立ったらしい。

が、悲痛そうなヘレナさんの顔を見て、レオンさんは小さくため息をついて黙った。
何だかんだ言って、レオンさんは優しいらしい。

改めて部屋を見回した。薬瓶が沢山置かれ、何か書かれた書類が廊下にばら撒かれている。
それが嫌なことばかりを思い出させる。

「――ッ!」

ズクン、と頭の奥に痛みが走り、俺は咄嗟に頭を押さえる。

「ナツキ?大丈夫か?」

――パシッ

伸ばされた手を思わず振り払ってしまった。
レオンさんの驚いたような顔に気まずさと申し訳なさで一杯になる。

「す、すいません!俺……」

「いや……大丈夫ならいいんだ」

慌てて謝罪する。
レオンさんも気にするな、とは言ってくれたものの気にしてしまう。

ちらちらと視線をレオンさんに送っていると、ぽんぽんと頭を撫でられた。

「俺は平気だからそんなに気にするな」

「……は、い」

ほら先に行くぞ、と促されて俺は頷いた。

扉を開けて先へと進むと、培養槽が両脇に並んだ部屋を見つけた。
培養槽の中には人型をした何かが浮かんでいる。
人型はしているものの色はどす黒く表皮はとても堅そうだ。

「これは、一体……?」

「3日前にはこんなものなかった……」

ヘレナさんの呟きにレオンさんがさっと振り返った。
怪しむ視線にヘレナさんは気付かずに培養槽の中身を見ていた。

部屋の奥のテーブルに置かれたパソコン画面のひとつがノイズ画面になっている。
レオンさんは何かに気付いたのかそちらに向かう。
俺もその後についてテーブルに近づく。

「あ、銃……」

ハンドガンが一丁テーブルに置かれている。
これ幸いと俺はそれを取ると弾の確認をして、何も入っていないガンホルダーに収めた。

レオンさんが何か呟いて机に無造作に置かれていたビデオをデッキに入れる。

ノイズ画面からビデオの映像に変わる。
ビデオが古いのかなんなのかノイズ交じりではあったが、映像は何とか見れる。

人が膝を抱えたような状態でセメントを掛けられたような物体が真ん中に映し出されている。
それの背中部分がぱかりと二つに割れる。

「……うわ、」

割れた部分から膜を纏った何かが突き出てくる。
その気持ち悪さに顔をしかめる。
ぱちゃんと膜が破れて人が投げ出された。
裸の、女の人だ。その女の人は暫く咳き込んでいたが、のろのろとカメラに向かって顔を上げた
黒髪の綺麗な女の人。それから白衣を着た誰かの手が映ったところで、ノイズ画面に戻った。
どうやらビデオはそこまでで終わりだったようだ。

「これが、お前の言う真実か……」

「違う……」

レオンさんの言葉にヘレナさんは首を振り否定する。
それにしてもレオンさんはあの映像の女の人と知り合いなのだろうか?

「どういうことなんだ、エイダ……」

「あんな生まれ方、人間じゃない……あなた"アレ"の知り合いなの?」

「まあな」

あの映像の女の人の名前は"エイダ"さんらしい。
凄く不本意そうにヘレナさんの問いかけにレオンさんは頷いた。



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