- ナノ -



クリスと。:02


タァン、タァン。
BSAA専用の地下の射撃場から銃の音がかすかに聞こえた。
もうすっかり夜なのに一体誰がいるのだろう。訓練の時間はとっくの昔に終わっているはずだ。
こんなに遅くまで自主練習でもしているのか?俺は首をかしげながら、射撃場へと足を向けた。

銃声からして、射撃場にいるのは一人だけのようだ。
クリスは階段を下りて、射撃場のドアを開けた。聞き慣れた銃声が鼓膜を振るわせる。
焦げ茶色をした髪の男が此方に背を向けて、銃を撃っている。彼の手元には幾つも積み上げられた空のマガジンがある。
その量が彼がどれだけ練習を続けているのかをクリスに教えてくれた。

ゆっくりとその背中にクリスは近づいた。
銃声のため男は背後に忍び寄るクリスに気付かない。

「……だめ、だ……」

続いていた銃声が止み、小さな声が聞こえた。聞き覚えのある声に俺ははっとした。
かしゃん、と空になったマガジンが床に落とされる。

「駄目だ!駄目だ!駄目だ……こんなんじゃ……駄目なんだよ」

ガシャンッ。積み上げられていた空のマガジンの山を男は思い切り叩き付けた。
大きな音を立ててマガジンが辺りに散らばる。それを見てクリスは目を細め、遥か遠くにある的を見た。
中央に当たった弾は――ない。紙には当たっているものの的の中央には当たっていないようだ。

……ぅ、ひっく……。

聞こえてきた嗚咽に俺は目を丸くして、男に視線を戻した。
その場にくずれるように座り込み、何度も顔を拭う動作をしている。

泣いている、のだろう。此方からは見えないが、恐らく。

「ナツキ」

「……っ!」

びくりと肩が揺れた。
恐る恐る、ナツキが肩越しに振り返り此方を見る。
泣き腫らした赤い目と目が合った。その目じりには拭い切れていない雫が見えた。

「……ク、クリス!何で、ここに?」

ぎょっとしてナツキは素早く立ち上がりごしごしと涙をもう一度拭うと、無理やり笑顔を作り尋ねてきた。
あまりにもくしゃくしゃな笑顔に俺は胸が痛くなる。

「え、えぇっと……ね、これはちょっと……」

俺が何も言わずにいるとナツキはどぎまぎとして視線を彷徨わせながら、中途半端な言葉を並べる。
どうして、ナツキがこんなに練習しているのか、俺は分かっている。だからこそ、胸が痛い。

眉を寄せ、クリスはそっとナツキの身体を抱きしめた。

「……ナツキ……そんなに無理するな……」

ちらりと見えたボロボロの指先。豆だらけの赤い左手。
腕の中でナツキがぶるりと震えた。

「……でも、俺、早くクリスと……」

「ずっと、待っててやる……待っててやるから……」

そんな風にボロボロになるな。
義手というハンデは大きい。だからこそナツキは必死なのだ。
周囲に遅れを取らない様に、俺に追いつけるように。人一倍、いや十倍努力しているという噂はクリスも耳にしていた。

「ナツキはナツキの速さで頑張ればいいんだ」

「……、」

「俺も、手伝ってやるから……一人で抱え込むんじゃない」

「……っ」

肩がびくりと跳ね、おずおずとナツキが俺を見上げた。
泣き腫らした目から再び涙が溢れている。涙を堪えようとしているのか下唇を噛んでいる。
その顔に俺は静かに息を吐き出し、ナツキの背中を優しくとんとんと叩く。

本当に俺は駄目な奴だ。ナツキに泣き顔ばかりしかさせていないじゃないか。

内心で自分自身に愚痴る。
そんな顔をさせたいわけじゃない。もっと笑っていて欲しい。
そう思っているはずなのに、いつも空回り。

「……俺……クリスに、迷惑掛けてばっかりだ……」

ぽつり。ナツキが漏らした言葉。
その続きを聞きたくなくて俺はナツキの後頭部に手を置き、自分の胸に押し付けた。
ナツキは嫌がる事無くすんなりとクリスの胸元に顔を埋める。

「迷惑だなんて……思った事すら、ない……!」

だから……だから、泣かないでくれ……ナツキ。



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