ピアーズと。:04
ピアーズに案内されてやってきたのは、オープンテラスのカフェ。 明るい雰囲気のここは人気なのか若い女性を中心に、沢山の人達で賑わっている。 その中で空いていた深緑色のパラソルつきのテーブルに菜月達は腰掛けた。
テーブルに備え付けられているメニューに目を通しながら、俺はピアーズに尋ねる。
「ピアーズのオススメってどれ?」
「ん?そうだな……ここのパスタはどれも旨くていいぞ」
これなんか、とメニュー表を指差すピアーズにふぅんと相槌を打ちながら悩む。 パスタにピザにサンドイッチにケーキ。ピアーズの言うとおりどれも美味しそうだ。 ケーキも食べたいけれど、お昼も近いしパスタやピザも食べたい。
「決まったか?」
「んー……まだ、このティラミスと苺タルトと洋ナシタルトとボロネーゼと海老とツナのサンドイッチで悩んでるからちょっと待って……」
どれも美味しそうなんだよねぇ……ずっと病院食でケーキなんて食べてないから全部食べたい。 が、自分の手持ち――……って俺……お、お金、持って、ない……よ? 重大な事に気がつき、さぁっと顔から血が引いていくのが自分でも分かった。
「……ピアーズ、俺今、一文無しなん、だ、けど……?」
語尾を小さくしながら、そろそろと言うと、ピアーズがきょとんとした。
「突然深刻そうな顔するからなんだと思ったら、そんな事かよ」
「そ!……げふん、そんな事って、俺食い逃げなんかしたくないんだけど……」
思わず声が大きくなり、またも視線を集めそうになったため慌てて咳払いをして、声のボリュームを落とす。 そう言うと呆れたようにピアーズがため息をついた。
「俺が奢ってやるって。寧ろ奢らせろ。ナツキはああ言ってさり気無く話を反らしたつもりだろうが、俺の気がすまないから……な」
「……」
「ティラミスと苺タルトと――……何だった?遠慮すんな、全部頼めよ。食べたいんだろ?」
「……いいの?」
恐る恐る尋ねると、ピアーズは小さく頷いた。 じゃあ、と再度メニューに目を通す。その間にピアーズが手を軽く上げて店員を呼ぶ。
落ち着いた色の可愛らしい制服を着た店員がオーダーを取りに来る。 ピアーズが先に決めていたらしいメニューを注文してから、今度は視線を此方へ投げかけてきた。
「え、えぇっと……」
全部頼めよ、なんてピアーズは言ってくれたけれど、流石にそれは申し訳なくて俺は言葉を濁らせる。 そんな俺の心中を察してかピアーズが視線をきつくしてきた。
「えー……、そのボロネーゼと、ティラミスとアイスコーヒーで」
「はい、ボロネーゼ、ティラミス、アイスコーヒーそれぞれお一つですね」
視線を感じないように目の前の店員に意識を集中させる。 ぐさぐさと俺の左頬に突き刺さるピアーズの視線がとてつもなく痛い。 あぁ、店員さんはとてもいいスマイルだ……。なんて変な事を考えながら、冷や汗だらだらで顔を引きつらせた。
店員から視線が外せない。というか、ピアーズに視線が合わせられない。 ものっすごい殺気というか、そういう類の危険なオーラがピアーズの方から発せられている。 これはピアーズの方を見た瞬間俺のHPが一瞬にして1になるに違いない。
「ご注文は以上でよろしいですか?」
「あ!は――」
「後、苺タルトと洋ナシのタルト、海老とツナのサンドイッチも頼む」
はい、という返事はピアーズの言葉で遮られた。 ピアーズの言葉には菜月が頼みたかったメニューが並べられている。 店員は畏まりましたとお決まりの言葉を口にして、そのまま引き下がっていった。
「ピアーズ、」
店員がカウンターの奥へと引っ込んで行ってから、俺は気まずげにピアーズの名前を呼んだ。 少し怒ったような顔をしたピアーズと目が合う。俺はそれに取り繕うように笑みを浮かべ、不自然じゃない程度に視線を横へ反らした。 恐くて俺にはちょっと直視出来ない。気持ちを紛らわせようと後頭部を掻いた。
「……え、えぇっと、」
ピアーズの沈黙が怖い。 もうすぐ昼時だから辺りは騒がしいはずなのに、このテーブルの周りだけ音がなくなってしまったような錯覚がした。 何か言おうとしても焦って上手い言葉が出てこない。中途半端に開いた口が情けない。
「ナツキ……」
「な、何?」
努めて笑顔を浮かべていたが、ピアーズの声のトーンが下がった事で顔が引きつった。
「俺言ったよな。遠慮すんなって」
「……、ごめん」
するりと出てきたのは謝罪の言葉。 それを聞いたピアーズはため息を吐く。
「別に謝罪が欲しいんじゃない――……」
なあ、とやけに真剣な表情でピアーズは菜月に尋ねた。
「ナツキ、欲しい物とか無いのか?」
「え?欲しい物?無い、けど……」
唐突なその問いに菜月は頬を掻き、戸惑いつつも答える。
欲しい物……自分の中で再度考えた。 考えた事なんてなかった。ずっと戦いの中にいたから、考える暇も無かった。 そりゃあハンドガンの弾が無くなったら弾欲しい!とか思った事はあるが、ピアーズが聞きたいのはそんな事じゃないだろう。
自分には何にも無い。そんな自分が欲しい物――……、
「あ、」
暫く考えてから俺は小さく声を上げた。 俺の声が聞こえたのか、ピアーズが此方を見た。
「何かあったのか?」
「……うーん、あるといえばある、かな。欲しい物」
そっと胸元に手を置き、目を閉じる。 ピアーズが求めている答えとは違うかもしれないけれど。
「親友……とか、家族とか……俺、いないから」
「……!」
父や母は菜月にはいない。遺伝子提供をした人間を父と母か、というと微妙だ。何せ顔も見た事も無いのだから。 かといってウェスカーが親か、といわれると何だか奇妙な気持ちになる。あの人はとても、優しい顔をする人だったけれど。
菜月の答えを聞いたピアーズは苦い顔をした。
「親友と家族、か……」
そう簡単に手に入るような物じゃない。物、と表現するのは少し可笑しいが。 暫し菜月達の間に沈黙が落ちた。街のざわめきもどこか遠くに感じる。
「お待たせ致しました」
両手に沢山の皿を抱えた店員が相変わらずのニコニコ笑顔でやってきた。 目の前に並べられる料理に俺はぱあっと顔を輝かせる。どれもこれも美味しそうだ。 待ちきれない、とばかりにお腹がくぅ、と鳴いた。
「ごゆっくりどうぞ」
オーダー全ての料理を並べた店員が一礼をして去っていくのを横目に見てから、食べよっか、とピアーズを促した。 右手でフォークを掴む。取り落としたりしないように注意しながら、スパゲティを巻く。 ――が、難しい。上手く巻けない。するりとスパゲティはフォークから抜けていく。
「むー……」
眉間に皺を寄せ、スパゲティを睨む。 中々の手強い敵だ。これもリハビリの一環、と何度も挑戦するが結果は同じ。
「……これから食べたらどうだ?」
「あーうん、そうする」
ボロネーゼを横へと置き、ピアーズが指したサンドイッチを掴んだ。 フォークやスプーンを使わなくていいため、楽だ。かぷ、と齧り付きサンドイッチを咀嚼する。
うん、とても美味しい。
むふふと口元が自然と上がる。 一口、二口とお腹が空いている事もあってあっという間にサンドイッチは胃袋に収まっていく。
「海老うまー……」
「そりゃ、良かった」
頬を緩ませ、ぽつりと感想を言うとピアーズが笑った。
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