ピアーズと。:02
……ぃ。
誰かに肩を揺すられて意識がふ、と浮上した。 ノロノロと顔を上げると目の前に誰かがいるようだ。
「おい、ナツキ?」
「んあ……ピアーズ?」
ごしごしと目を擦ると視界がはっきりし始める。どうやら肩を揺すっていたのはピアーズだったようだ。 おはよう、といつも通りの朝の挨拶を交わしてから、ぐいっと腕を上に伸ばし伸びをする。結局眠気には耐えれずに寝てしまっていたらしい。 座った体勢のまま眠っていたからか伸ばした瞬間に腕の骨がごきりと鈍い音を立てた。
「腕……大丈夫か?」
「へ?うん、いつも通りだけど……どうかした?」
首をかしげ聞き返すと、いや……と言葉を濁してピアーズは横を向いた。 その表情はどこか気まずそうで、何を考えているかすぐに予測できた。
「……別に……ピアーズのせいじゃない。俺がやりたくてやったんだから、さ」
ピアーズの腕が無くなったら無くなったで、きっと俺は辛い思いをしてただろう。 どうして俺じゃなかった、どうして護れなかったんだろう、と。 そんな罪悪感に苛まれるならば、自分が傷ついた方が何千倍もマシだ。こんな心の言葉を聞けばクリスは怒るかもしれないけれど。
俯いたままのピアーズに俺はふ、と息を吐き出してから笑う。
「何、辛気臭い顔してるんだよ」
「笑い事じゃない!腕が無くなったんだぞ!!」
「!……、」
怒鳴り声が病室に響いた。 まさか怒鳴られるとは思わなかった俺は開きかけた口を閉じて硬直する。
「俺が……あいつに捕まらなければ……こんな事にはならなかったのに……!!」
苦渋に満ちた表情でがしりと両肩を掴まれ、反応に戸惑う。 ただ、ピアーズが俺のせいで辛い思いをしているんだっていうのは良く分かった。
静寂が俺達を包んだ。 開け放したままの窓からふわりと風が入り込み、カーテンを揺らす。 何十秒、そうしていただろう。
ゆっくりと菜月は首を振り、肩を掴むピアーズの腕を掴んだ。
「ピアーズのせいじゃない」
再度同じ言葉を繰り返す。でも、それじゃピアーズは納得できないんだろう。 ピアーズの腕をそっと下ろさせ、俺は真っ直ぐにピアーズを見つめた。
「クリスのせいでもない……分かってるだろ?誰のせいでもないんだよ」
ピアーズの手を両手で包む。 ひとつは温かく、ひとつは冷たい。
「俺はやりたい事をやっただけだ。ピアーズが自分を責める必要なんて、ないんだ」
「でも……、」
「それにさ、腕が無くなったからハオス倒せたんだって思ってるんだよね、俺」
食い下がろうとするピアーズに菜月はへらりと笑った。 実際あの場で腕がなくならなかったら、どうなってたか。恐らく脱出ポッドをハオスにつかまれて全員が死んでたはず。 なら俺の腕の一本くらい、安いものじゃないか。失ってもまた義手をつければ、何とかなる。 まだきちんと動かすことは出来ないけれど、慣れればいずれ自分の手と同じように動かせる。 代わりの利く腕と利かない命。どちらが重いかなんて……考えなくたって分かる。
真一文字に口を閉じ、怒っているのか、泣きそうなのか表現しづらい表情を浮かべてピアーズは菜月を見下ろしている。 そんなピアーズに苦笑して菜月は、先ほどピアーズがやったのと同じようにとんとピアーズの肩を掴んだ。
「……な、俺、あんまりこの辺の事知らないからさ、ピアーズが暇なら案内して欲しいな」
この話は終わり、とでも言わんばかりににっこりと笑って俺はそう言った。 まさかそんな事を言われるとは思いもしなかったのかピアーズはぽかんとしてから、小さく頷いた。
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