四年ぶりのただいまを、
目が覚めると白い天井が視界一杯に広がった。 蛍光灯の容赦ない光りが目に突き刺さり、俺は思わず目を細めて手で庇う。 つんと鼻につく薬品の臭いと清潔な部屋の雰囲気から恐らくここは病院なのだろう。 ゆっくりと身体を起こし、周りを見回す。
開けられた窓から風が入り、カーテンを揺らしている。 一人部屋のようで、俺のほかには誰もいない。
小さく息を吐き出した。 眠る前の事を思い出す。レオンとヘレナと出会って、それからジェイクとシェリーと行動して、ピアーズと――クリスと再会した。 まるで、それが夢の中の出来事のように思えた。
だが、空虚な右腕が、夢じゃないと教えてくれている。 左手で右肩に触れた。きっちりと包帯が巻かれたそこにもう痛みはない。
――コン、コンッ
控えめに病室の扉がノックされた。 突然のそれに菜月はびくりとしながらも、平静を装ってはい、と返事をする。
「……ナツキ!目が覚めたのか!」
「うっわっ!?ピアーズ!?――って、いでだあだだああ!!?」
勢いよく扉が開き、見覚えのある顔が菜月に突っ込んできた。 がっちりと身体に腕を回され、抱きしめられる。 回された腕が見事に右肩を締め付けるものだから、折角痛みの引いていた右肩に激痛が走る。
悲鳴をあげ、べしべしと左手で回された腕を叩くと漸くピアーズは解放してくれた。 酷い、酷すぎる。痛みのせいで涙が目じりに浮かんだ。 そんな菜月には気付いてもいないのか、ピアーズはにっと笑った。
「隊長もすぐ来るからな!」
「え、ほん――いだ、だ、だっ!?」
べしべしと菜月の背中を叩いて、そんな事を言う。 え、本当?と聞きたかったのに容赦ないピアーズの攻撃に言葉が止まり、代わりに痛みを堪える悲鳴が出る。 ……俺に何の恨みがあるんだよ、ピアーズ!!
痛みを堪えながらジト目でピアーズを見るが、当の本人は隊長まだかな、なんて呟いて扉のほうを見ていてこっちには気付いていない。 この隊長バカ!――とはまあ心の中の叫びだけに置いておき、菜月自身もクリスと早く会いたかった。
「――悪い、少し遅れた」
がちゃ、とノブが捻られて、クリスが部屋に入ってきた。 どうやら俺が目を覚ましている事には気付いていないようで、下を向きながら後頭部を掻いている。 謝罪するその顔は些か暗い。クリスの表情に俺は小さく笑って声を出した。
「クーリス!おはよー!」
「……!ナツキッ!?」
物凄い勢いで顔が此方を向いた。その速度に俺は少々ビビリつつも笑顔を絶やさない。 軽く手を振るとクリスが大股でベッドサイドまでやってきた。 クリスの顔を見て俺は笑顔のまま硬直した。 その表情は泣いているのか、怒っているのか、困っているのか、色んな感情がごちゃ混ぜになって言葉には表せない。
「……………………」
僅かにクリスの口が開いた。 だが、そこから音はでてこない。
「…………」
す、と無言で頭に手が乗せられた。 大きな温かい手だ。優しく頭を撫でられ、俺は目を細める。
「……ナツキ」
「うん、」
名前を呼ばれ、視線を上に向ける。 優しい顔をしたクリスと目が合った。
「……おかえり」
その言葉にとん、と心臓が跳ねた。 帰る場所なんて俺にはどこにもない筈なのに、クリスはいとも簡単にその場所を作ってくれる。 照れくさくてどうしようもなくて、笑いが漏れた。
それからゆっくりと俺は言った。
「ただいま、クリス……」
窓から入ったそよ風が、ふわりと三人を撫でた。 澄み渡る空はどこまでも青かった。
-fin-
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