- ナノ -



海底基地からの脱出:03

背後を振り返り、小さな丸い窓から外を覗き込む。

脱出ポットがレールに乗って動き出した。
だんだんと海底基地が遠くなる。
どん、と脱出ポットが海底基地から打ち出され、海面へ向けて浮上していく。

全て終わったのだ。これで。

何となく笑みが漏れた。
ふ、と息を吐き出して、二人を振り返る。
少し疲れたような顔をしているピアーズとクリスと目が合った。

「……疲れたね」

「ナツキは訓練が足りないな」

「これでも、大分体力ついたと思ってるんだけど!」

当たり障りのない言葉をクリスに掛けると、笑いながら返された。
ぷくりと頬を膨らまし反論すると今度はピアーズに笑われる。

「ナツキはまだまだ軟弱だろ」

「酷いっ!」

確かにクリスやピアーズと比べれば線は細いほうかもしれないが、前と比べれば大分体力もついた。
そんなくだらない会話をしていられるのもつかの間だった。

不意に窓の外を白い影が過ぎる。
それと同時にがくんと脱出ポットが大きく揺れた。
窓から外をのぞくと――

「ハオスッ!?」

ハオスが海底基地から飛び出し、脱出ポットを掴んでいる。
身体は海底基地のどこかに引っかかっているのか動かないが、このまま脱出ポットをつかまれていてはいつまで経っても脱出できない。
しかし脱出ポットの中にいるため下手に手出しできない。

どうしようと、眉を下げて二人を振り返る。

「不味いな……このままでは」

「でもどうすれば――……いっ!?」

再度ぐらりと揺れた脱出ポットに菜月は尻餅をつき、二人は上手く脱出ポットの突起に掴まり転倒を防ぐ。
思い切り打ち付けた尻を摩ろうと右手を動かした――腕がないのを思い出し、左手で摩る。

それから、不意に違和感を感じる。

「あれ……?」

右腕が無いという違和感ではない。
切り離された右腕が動いているような感覚がするのだ。
いつも通りの感覚で右手を握り締めると、握り締めている感覚が確かにある。
幻影肢とかそういう類じゃない、と直感的に感じた。

不意に思い出したのは、切り捨てた右腕の触手だ。
あの場に放置していたが――まさか……。

ば、と身体を起こし、ピアーズを突き飛ばすように勢いよく窓を覗きこんだ。

「ナツキ?」

「いけるかもしれない……」

緊張につぅ、と米神に汗が伝った。冷たい汗に身体が小さく震える。
食い入るように窓の外を見つめる。ぎょろりとしたハオスの目の無い顔が見えた。
ハオスの身体は海底基地から出ていない。

ごくり――生唾を飲み込み、俺は意識を集中させた。
無いはずの右手がぶるりと震えて、動き出す。

「何してるんだ?」

「ちょっと……ね……」

不思議そうな顔をするピアーズに俺は曖昧に返事をして、腕――基触手を動かす。
どこに動かしているかは上手く把握する事が出来ないため、必死に触手を辺りに這わせる。
すると、何かぶよぶよとした物に触手の先に触れた。
それを掴み、ぎゅうっと力を入れるとハオスが悲鳴を上げた。

『オオオオオオオオォオオ!!』

――見つけた。
一気に触手をハオスの身体へと走らせる。

「!あれは……!」

隣にいたピアーズがハオスの身体に巻きつかんとしている触手に気付いた。
視線がナツキの後頭部に突き刺さったが、それどころではない。

三人分の命が掛かっているんだ。

窓ガラスに反射した自分の瞳が、少し赤になっているのが見えた。
また飲み込まれるかもしれない。そんな恐怖が胸を過ぎったが、躊躇している暇はない。

『オオオオォオ!!』

ハオスが窓を叩き割ろうと脱出ポットを持つ手とは逆のほうの手を振り上げている。
一撃でも攻撃を加えられれば危険だ。苦い顔をして俺は触手を精一杯伸ばす。

ぐるぐるとロープのように触手をハオスの身体へ巻きつける。

「負けて……たまるかっ!!」

渾身の力を右手に込めた。
ばき、だか、ごき、だか何かが折れるような嫌な感触が右手に触れる。
ぐにゃりとハオスの身体が不自然に曲がる。

『ギュアォオオオオオ!!!!』

劈くハオスの悲鳴が響き、止められていた脱出ポットが動き出した。
力を失い沈んでいくハオスの姿が下のほうで見えた。もう追ってくる事は無いだろう。

ふ、と息を吐き出すと気が緩んでしまったらしくぐらりと身体が後ろへ倒れた。
踏みとどまろうとしてももう自力では復帰できないほど傾いている。
後頭部に走るであろう痛みに菜月は目を硬く閉じた。

――ぽす、

「ナツキ、助かった……お疲れ様」

「……うん、ちょっと、眠いかも……」

クリスに支えられて、後頭部を打つ事はなかった。
微笑むクリスの顔を見て菜月も笑い返す。が、途中で欠伸が出て、情けない顔になる。
張り詰めていたから、一気に眠気が出たのだろう。

――おやすみ、

耳元でクリスの優しい声が聞こえた。
それが嬉しくて、無意識のうちに口角が上がった。




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