約束:02
「ナツキ」
名前を呼ぶ。 信じている。ウロボロスに飲まれたとしても、また、ナツキが戻ってくる事をクリスは信じていた。
ナツキが触手の右腕を擡げた。 先程切ったはずの触手はまた再生をしたのか新たな触手が出てきたのか、元通りになっている。 ゆらゆらと触手は揺らめきながら、俺を狙って振り下ろされる。
「ナツキ……戻って来い!」
赤いナツキの眼を真っ直ぐに見て叫ぶ。 隊長、危険だ!と叫ぶ、ピアーズの声が背後で聞こえた。
真っ直ぐに振り下ろされる触手を俺は避けなかった。
――ズン、
触手は俺のすぐ隣に振り下ろされていた。 無意識のうちにナツキが俺を傷付ける事を嫌がったのだろう。
「ナツキ……」
ゆっくりとクリスはナツキに向けて一歩踏み出す。 怯えたようにナツキの瞳が震えたような気がした。 赤いままの瞳は殺意と怯えと様々なものがごちゃ混ぜになっている。
「ナツキ、帰ろう」
――一緒に。
手を差し出し、俺はナツキにそう言葉を掛けた。 かたかたと震えるナツキの身体を見て、俺は悲しげに目を細める。
どうしてナツキはこんなにも酷い目に合わなければならないんだ。 ナツキはずっと自分を犠牲にばかりしてきた。自分が犠牲になる必要なんて、何処にもないのに。 ウェスカーのいる火山の中に飛び込んだナツキの姿は今も脳裏に鮮明に残っているし、ナツキがいなくなった時の胸の痛みは今も思い出せる。
それを思い出し、つきんと痛む胸に俺は静かに息を吐き出した。
「どんな姿だって、ナツキはナツキだ……俺はお前を信じている」
ナツキの赤い瞳が滲んだ。 つぅ、と頬を伝う雫が、足元の水面に落ちてぴたん、と跳ねた。
「……く、りす……クリス……クリス!!」
何度もナツキは俺の名前を呼んだ。 そして、ショックを受けたように呟いた。
「俺……またっクリスを、傷付けた……!」
まるで叱られた子供のようにナツキは眉を下げ、頭を抱えて屈み込んだ。 ひっくひっくと嗚咽を漏らしながら、ナツキはただただごめんなさい、を繰り返す。
「ごめん……、ごめんなさい……クリス、俺……駄目だよ、やっぱり……」
――存在しちゃいけないんだ……!
その言葉に俺は目を見開き、身体の動きを止めた。 どうして、どうしてそんな事を言うんだ。
そんな……――哀しくて、辛い事……。
明るくて優しくて仲間思いな、ナツキにクリスはどれだけ救われたか。 クリスだけではない、シェバも、きっと。
眉間に皺を寄せ、クリスはナツキの両肩を掴み、強引に顔を上げさせた。 赤く目を腫らしたナツキが怯えたように此方を見る。 その反応にクリスは小さく息を吐き出し、何も言わずに抱きしめた。
「……っ」
ナツキがびく、と肩を揺らし、クリスから離れようとしたが、後頭部を押さえて胸に押し付けた。 かたかたと震えるナツキが痛々しくて、クリスは抱きしめる腕の力を強くした。
「……約束しただろ」
「…………」
「呼び続けるって」
「……、」
「ずっと、呼んでやるから」
「……」
「だから、そんな哀しい事、言うな……ナツキ」
ナツキは何も言わなかった。 俯いているためナツキがどんな表情をしているのか、わからなかった。 ナツキが苦しんでる、という事だけはクリスにもわかった。
「ナツキが俺を大切だって言うように、俺もナツキが大切なんだ」
「……クリ、ス……、」
今まで黙り込んでいたナツキがクリスの名前を呼んだ。 ぎゅうっと上着の裾がつかまれて皺が寄る。
「俺、おれっ……!ほんとに、此処にいていいの?」
泣きながら、ナツキは必死な形相で此方を見上げてきた。 クリスは小さく頷き、背中を撫でてやる。
「いいんだ。ずっと俺の隣に居ろ、護ってやるさ」
「ぅん……うん……ありがと、」
ナツキの涙が止まるまでずっと俺は抱きしめていた。
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