約束:01
バシャン――
水の跳ねる音がした。 再びハオスが動き出したのかとギクリと振り返ったがハオスは先程の倒れたままの状態で動いていない。 ピアーズは横にいる。後、音を立てるのはナツキぐらいしかいない。 恐らくコンテナの上から飛び降りたのだろう。
「ナツキ?」
普段ならすぐ此方へ来るはずのナツキが幾らまってもこちらに来ない。 広いとは言えど、走れば十秒も掛からないだろう部屋の大きさなのに、だ。 ナツキ、と呼びかけても、返事は来ない。 不審に思い、クリスはナツキがいるだろう音のした方へと向かう。
コンテナの角を曲がり、俺は目を見開いた。
「ナツキッ!?」
仰向けに倒れ、胸元を押さえて苦しそうにしているナツキがいた。 急いで駆け寄りナツキの上半身を助け起こし、声を掛ける。
「ナツキ、しっかりしろ!どうしたんだ……?」
「…………あぁ……く、くり……す……ぅ、ろ、ぼろ、す……」
「ウロボロス!?まさか……!?」
目が異様なほど赤く染まっている。 ナツキがウロボロスに負けそうになっているのか! カタカタとナツキは身体を痙攣させながら、俺の顔を見つめてくる。
「ナツキ!?いったい何が……!?」
ピアーズがナツキの尋常ではない様子に尋ねてくるがそれに答えている暇はない。 ナツキの左手をぎゅうっと握り締め、何度も名前を呼ぶ。
「ナツキ!ナツキ、しっかりしろ!」
「……く、り……す……」
弱弱しく俺の名前を呼ぶナツキに嫌な予感が胸を過ぎる。
「俺、を……うっ……て、も……むり、か……も……」
強く強く手を握り、クリスは首を振り駄目だ……とぼやくように呟く。 ――俺を撃って、もう無理かも。 そんな事いうな。約束しただろう。必ず、助けるって、だから――
目の奥がじわりと熱くなるのを感じながら、俺は再びナツキの名前を呼ぶ。
「ナツキッ!」
返答はなかった。 返事のかわりにしゅるりと触手が俺の身体を掴むように巻きついた。 至近距離にいた俺は避けることも出来ずに縛り上げられ、身体が宙に浮く。
「――ぐぁっ!」
「隊長!くそっ!ナツキ!どうしたんだよっ!?」
ゆっくりと立ち上がるナツキにピアーズが反射的に銃を構え叫ぶが、ナツキは反応しない。 ただ、目の前の敵を殺そうとしている。殺意だけを瞳に宿している。
赤く煌くその瞳はウェスカーを思い出す。
不意に脳裏に過ぎったかつての隊長の姿を思い出し、俺は顔を顰めた。 じりじりと寄ってくるナツキにピアーズは同じように後退していく。 銃は構えているものの、引き金が引かれることはない。撃つのを躊躇っているようだ。
「ナツキッ!」
名前を叫ぶと身体を締め付ける触手の力がきつくなった。 まるで、それ以上名前を呼ぶな、とでも言うように。 このまま何もせずに締め付けられたままだと上半身と下半身に分離させられてしまいそうだ。 ナツキを傷付けるのは気が引けるがこんな状況で手段は選んでいられない。
コンバットナイフを取り出し、自分を掴む触手に右から左へと切り裂いた。 弾力のある触手が赤黒い液体を撒き散らしながら切れる。 宙に浮いていた身体が重力に従い地面へ落ちた。上手く受身を取り、着地する。
「あ"ぁ……!」
ナツキが苦しげな悲鳴をあげ二、三歩よろめいた。 その様子に俺は罪悪感を抱きながらも、血まみれになったナイフを握りなおした。
「隊長……!どうすれば……?」
「……ここは俺に任せてくれ」
隣に来たピアーズを軽く手で制し、俺は此方を睨むナツキを穏やかな目で見返した。
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