- ナノ -



再戦VSハオス:02

ぐにゃぐにゃとしたウロボロスの触手が失った右腕を補うように右肩から飛び出す。
それは菜月の意思を反映するようにハオスの腕に絡みつき、絞めつけた。

ぎちぎちと縛り上げるとハオスはその痛みに耐えかねたようでクリスを手放した。

クリスはぎりぎりのところで受身を取り、地面に転がった。
俺は素早くクリスのもとに駆け寄って安否を確認する。

「クリス!無事!?」

四つん這いになり、ぜえぜえと肩で息をしているがクリスに流血するような傷はないようだ。
それに俺はほっと安堵のため息をつき、クリスを助け起こす。
左腕のみで助け起こしたためほぼクリス自身で起き上がったようなものだった。

「……お前……その腕!?」

「っ、大丈夫だよ!今はあいつを倒さなきゃ」

「何処が大丈夫なんだ!?腕がそんな事になってるってのに……!!」

「隊長!ナツキ!そこから逃げてください!!」

クリスと言い合いをしていると丁度ハオスを挟んで向かい側にいたピアーズが叫んだ。
は、と我に返るとハオスの白い手が菜月達を掴もうと此方に迫ってきている。

「負けないっ!!」

クリスを庇うために一歩前に出て俺はウロボロスの右手を突き出した。
完全適合しているせいだろうか、触手の一本一本をまるで自分の指先のように自在に動かせる。
これならいける。俺は小さく笑みを浮かべハオスの細い指へと触手を巻きつけた。
巻きつけると同時に触手に力を込め、ハオスの指をへし折る。

『ォオオオオォオオオオオ!!』

「っつ!」

バキッ、という何かの折れる音と一緒にハオスが悲鳴をあげ、手を振り上げた。
触手を巻きつけていた俺も一緒に宙へと浮かぶ。
素早く体勢を整え、傍にあったコンテナの上へと飛び乗った。
触手を指先から離して、今度は骸骨のような顔面に触手を伸ばす。
ずっと俺を呼ぶクリスの声がするが、返事をしている暇なんて俺には無かった。
怒られるだろうな、と思いつつも俺は攻撃の手を休めない。

『オォオオッ!』

菜月を捕らえようとハオスが腕をコンテナの方へ伸ばすが、菜月の触手がハオスの顔を掴む方が早かった。
力を込めハオスの顔面を潰そうとしたが、想像以上に硬い。

「……かたっ……!」

全身全力で力を込めても軋みはするが破壊までは出来ない。
顔をゆがめ、俺は一度触手を離す。

「ナツキ!一人で戦おうとすんじゃねぇ!」

ダン、とショットガンをハオスへと撃ちながら、ピアーズが怒ったように叫んだ。

「ナツキは一人じゃない……俺達の仲間、だろうが!」

「……うんっ!」

その言葉が嬉しくて、戦闘中なのに笑みがこぼれた。
少しずつピアーズとの心の距離が縮まって来ているのが分かったから。

――ダァン、ダァン

ピアーズがショットガンを、クリスがグレネードランチャーをハオスに撃つ。
そして、俺がウロボロスの力でハオスを締め付ける。
ハオスは中々倒れなかったが、徐々に動きを鈍らせた。

「倒れろ!」

コンテナの上から跳躍し、俺は右手を振り上げ力いっぱいハオスの顔面を殴りつけた。
どごん、と嫌な音がしてハオスは吹っ飛びはしなかったものの、顔を床に打ちつけるとぶるぶると痙攣した後、体色を変化させ動かなくなった。

上手く体勢を整えて地面に着地し、菜月はふぅ、と息を吐き出した。
そっと左手で右のソレに触れる。触られている感覚は分かるが、見た目は赤黒い触手だ。妙な気分になる。

「ナツキ!」

ばしゃばしゃと足元の水を盛大に跳ねさせながら、青い顔をしたクリスが駆けて来た。
震える手で菜月の右肩に触れ、クリスは顔を歪めて俯いた。

「……また、お前ばかりを……傷付けて……すまない……」

自分を責めているのだと、菜月はすぐに気付いた。
菜月は困ったように笑って肩に乗せられたクリスの腕をそっと抱きしめた。
うっかり触手で傷付けたりしないように、優しく。

「俺は……嬉しいよ――」

言葉の意味を理解できなかったらしいクリスが訝しげな顔をして此方を見た。
そのクリスの顔を見つめ、俺はにっこりと笑って言葉を続けた。

――クリスが無事で。

そう告げた瞬間クリスが泣きそうな顔をして俺を強く抱きしめた。
痛いぐらいの抱擁に俺は思わず痛いよ!と叫ぼうとしたが、クリスの目じりに光るものが見えて開きかけた口を閉じた。

「馬鹿野郎……俺のために自分の命を掛けるんじゃない……」

「……そうだ……俺のために……右腕を失うなんて……」

――馬鹿だろう……。
いつの間にかそばにいたピアーズが俺の右腕を見つめながらそう言った。

「クリス、ピアーズ……俺は馬鹿でもいいよ。俺の護りたい人が護れるなら……幸せだから」

柔らかく微笑み、俺は優しくクリスの身体を押して距離をとった。
二人の俺とは対照的な苦い表情に苦笑し、先へと進む扉へと向かった。
本当に馬鹿だ……という小さなピアーズの呟きは聞こえないふりをした。


『気圧の異常を感知。扉を全てロックします。速やかに庫内の気圧を調整してください』

丁度、扉の前まで来るとそんなアナウンスが聞こえた。
菜月はきょとんとして首を少し傾けながら、扉のすぐ右隣にあるボタンを見た。
どうやらアナウンスもここから発されているようだ。
小さな画面は赤く染まりロック中、と表示されている。

「えーっと……」

気圧を調整するには……。
ボタンやら沢山ついているレバーを一通り見回し、そのうちの一つに気圧調整、とかかれたボタンがあることに気付いた。
他にそれらしいボタンもないし、これで間違いないだろう。
そっと左手でそのボタンを押した。

それと同時に扉の左隣についたランプが光りだし、気圧の調整が始まったことを知らせた。

「……!なっ!?まだ生きていたのか!!?」

クリスのぎょっとした声に俺は振り返った。
ばきばきという硬いものが割れる音と共に硬くなっていたハオスが、蛹から脱皮をするように一回り小さくなって出てきている最中だった。
ぬるりとハオスは此方を見ると再び襲い掛かってくる。

舌打ちをしてピアーズが背負っていたショットガンを素早く手に取ると構えた。

『庫内減圧中です。暫くお待ちください』

この場に似合わぬ落ち着いた女性のアナウンスが響く。
ハオスが手を振り上げ、俺達が駆け出したのはほぼ同時だった。



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