VSハオス:02
エレベーターの扉が閉まってから俺は胸元に手をあて深く息を吐き出した。 心臓はバクバクと五月蝿いほどの早鐘を打っている。
しかしまだ安心は出来ない。
ハオスが菜月達を追いかけているようで、エレベーターはどすん、どすんと音に併せて振動している。 小さな機械音を立ててエレベーターの扉が開いた。
ちゃぷん。足元に溜まっていた水が跳ね、ブーツが濡れる。
ずしん、ずしん――
「ま、さか、上ってくる、とかないよね?」
「いや、そのまさかだろうな……」
徐々に近づいてくる音に俺は引きつり笑いを浮かべながらクリスに尋ねた。 クリスも少しばかり顔を引きつらせ、一番嬉しくない答えを答える。
真ん中の開いたところからハオスが上ってきた。 それと同時に隔壁が閉まり、ぐちりとハオスの身体半分がちぎれる。
「うわっ!?」
撒き散らされる赤い血に菜月は顔を顰めた。 敵とはいえ、見ている此方まで痛くなりそうな光景だ。
「マジかよ!まだ生きてんのか!?」
身体が真っ二つになったというのにハオスは菜月たちを殺そうと迫ってくる。 ピアーズがショットガンを構えながら、信じられないという風に叫んだ。 トドメを刺せ!とクリスが叫ぶが正直こんな巨大な奴銃だけで倒せるのか不安だ。
前の時もこんな大きな奴と戦ったがあの時は衛生レーザーやらガトリングなりあったから倒せた。
辺りを見回しても、そんなに都合よく武器は転がっていない。 それに脛の中ほど位まである足元の水のせいで動きにくい。 ある程度距離をとりながらハンドガンを撃つが、やはり効いているのか良く分からない。 苦い顔をして俺は空になったマガジンを抜き、新たに弾を込める。
ハオスが動くたび、水が赤く濁った。 鼻を突き刺す鉄の臭いがだだっ広い空間に充満する。
「ナツキ!コイツをひきつけてくれ!」
「!……りょーかいっ!!」
クリスがショットガンからグレネードランチャーに持ち替えながら叫んだ。 ハンドガンやショットガンでは大したダメージが与えられないが、グレネードランチャーならある程度はいけるかもしれない。 ずるずると身体を引きずりながら、クリスに近づこうとするハオスの前に躍り出る。
「こっちだ!でっかい奴!」
引き付ける為にハオスに銃弾を数発撃ち込む。 眼球の無い不気味な顔が此方を見下ろす。ごくりと生唾を飲み込み、俺はハオスを睨み返す。 つうっと米神に冷たい汗が流れた。 巨大な手が振り上げられ、ぶんと勢いよく菜月を目掛けて振り下ろされる。
「っ……っと!」
バックステップを踏み、素早く避ける。 目標を失った巨大な手のひらが水を叩き、四方八方に水が飛び散る。 辛うじて濡れていなかった上着までもが水にぬれ、気持ち悪さに菜月は顔を歪めながらもハオスを引き付ける為に動き出す。
グレネードランチャーで照準を合わせているクリスから気をそらすために、俺はわざとばちゃばちゃと足音を立てながら走る。 ハオスが俺を追いかけてクリスに背を向ける。ある程度の距離が取れたところでハオスに向き直る。 止まった俺を見てハオスが再び腕を振り上げた。 ぶよぶよとしたふやけたようなその腕を俺はき、と睨み上げる。
ハオスの背後でクリスがグレネードランチャーのトリガーに指をかけたのが視界の端で見えた。 一瞬、クリスと眼が合う。何となく笑みがこぼれる。 クリスといればハオスも倒せる、そんな自信が湧いてくる。
ドンッ――
グレネードランチャーのトリガーが引かれた。 ハンドガンよりもずっと遅い大きな弾道が弧を描きながら、ハオスの身体に撃ちこまれた。
振り上げられた手が菜月に当たる、その一歩手前で止まる。
『オオオオオオォオオオッ!』
ハオスの悲鳴がわんわんと反響する。 じたばたともがき苦しむハオスに追い討ちをかけるようにピアーズがショットガンを至近距離で撃ちこむ。
ダァン、ダァン――
俺もハオスの頭にハンドガンを撃つ。 じたばたと暫くハオスはもがいていたが徐々に動きを鈍らせ、やがて動かなくなった。
それを見た俺はほ、と息を吐き出した。
が、安心するには早すぎた。 ドドドドド、と建物が嫌な音を響かせる。
「え……何……?」
不安げに俺はクリスを見る。と同時に天井が崩れ始め、大量の水が俺達のいる階層へと入り込んできた。
「う、わっ!?」
水が入るだけでなく揺れる建物に菜月たちは逃げる事も出来ずに水の中へ押し込まれた。 反射的に息を止め、揺らぐ水の中で俺は周りを見回した。 すぐ傍にクリスとピアーズがぼやけた視界の中、僅かに見える。
クリスが手で此方に来るように合図をしたのが見え、俺は小さく頷きバタ足でクリスの後を追う。
――ザパンッ!
水上へ顔を出し、俺は大きく息を吸う。 僅かに口の中に入った水に顔を顰める。どうやら海水のようでしょっぱい。 まだ浸水していない場所へよじ登り、軽く頭を振るった。
ぺ、ぺっと口の中に入った水を吐き出し、俺はずぶぬれになった服の裾を軽く絞った。 下着までもが濡れて気持ち悪い。かといって脱ぐ訳にもいかないため、ため息をついた。
「このエレベーターはまだ動いているみたいですよ!」
ピアーズがすぐ傍のエレベーターを確認し、菜月とクリスに声をかけた。 他に道は無い。ぐずぐずしていれば、いずれここも海水でいっぱいになるだろう。 水を払うのもおざなりにして小走りでピアーズのもとへ向かい、エレベーターへ乗り込んだ。 クリスが乗り込んだのを確認してピアーズはエレベーターを起動させた。
ヴン、と起動音を立ててエレベーターのドアが閉まった。
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