VSハオス:01
――ダァン
乾いた銃声が鼓膜を振るわせた。 ぴりりとした痛みが頬に走る。
何が起こったのか一瞬、上手く理解できなかった。 が、自分が生きている、という事だけは認識できた。 はぁはぁと荒い呼吸を繰り返すジェイクが目の前にいて、構えられたハンドガンの銃口からはかすかな硝煙が上がっていた。
「……こんな事、やってる場合じゃねぇんだよ」
感情を押し殺すようにジェイクは吐き捨てた。 俺は顔を俯けて音もなくごめん、と呟いた。 そんな謝罪じゃ何の意味もないかもしれないけれど言わずにはいられなかった。
タイミングを計ったかのように、唐突に建物全体が揺らぎ始める。 振動で天井から塵がぱらぱらと落ちてくる。
「早く脱出を!」
ピアーズがいち早く声をあげ、全員に促す。
「何、あれ……?」
天井を見上げ、シェリーが怯えたようにぽつりと漏らした。 それにつられて俺は背後を振り返り、顔を上げた。
まるで、蝶の蛹のようなそれが天井にぶら下がりぐにゃぐにゃと動いている。 殻を破ろうとしているかのような動作だ。 本当の蝶のサイズならまだ可愛らしいものだと思えたのかもしれない。 だが今俺が見上げているのはとてつもなく巨大な"それ"だ。
「エレベーターがあるわ!あれで逃げましょう!」
シェリーの声に俺は視線をもとの位置に戻し、シェリーが駆けて行く方向を見る。 その後をジェイクが追いかけていくのが分かった。
「よし、俺達はあっちのエレベーターに乗るぞ。ナツキもな」
「うん!りょーかい!」
小走りでエレベーターに向かう途中、ボタンのついたパネルがあった。 先へ向かうクリスを呼び止めて、菜月は画面を見つめる。 画面には簡単な地球の画像が映し出されている。
"ハオス解放 感染率20%……60%……"
音声が流れ、地球の画像が徐々に赤色に染められていく。
"感染率100%"
真っ赤に染まった地球の画像をみやり、俺は眉間に皺を寄せた。 クリスが戻ってきて俺と同じように画面を見る。
「……なんだこりゃ?」
「ちょ……!?」
画面の横に取り付けられた緑色に光るボタンを不思議そうな顔をしてぽんと押す。 ちょっと!と止めるよりも前に押されたボタンは赤色になっている。 菜月が危惧したような危険なボタンではなかったようだが、もしそうだったらどうするつもりだったのだろうか。 少々呆れた目線をクリスに送りつつ、俺は小さく息を吐き出しながら小さく口元を上げた。
(それも、クリスのいい所……なのかな)
どうもボタンはエレベーターの電源を入れるためのものだったようだ。 クリスとピアーズ、シェリーとジェイクが一斉にレバーを引いた。
ガコン、と音を立ててエレベーターが徐々に動き始める。
「まったく、あんな無茶をする必要はないでしょう」
隊長。咎めるようにピアーズが言った。 その顔は苦虫を噛み潰したように歪められている。 ウェスカーは死んで当然だ。というピアーズに俺は目を伏せた。
「だがあいつにとってはたった一人の父親だ。知っておく権利がある」
ウェスカーに創られたけれど、ウェスカーを殺した俺。ジェイクの目に俺はどんな風に映っているんだろう。 きっと憎まれている。そこまで考えて菜月は緩く頭を振った。 今はそんな事を考えていても仕方ない。ここを脱出して、世界を守らなくては。
「くっ!敵だ!」
ピアーズが苦々しげに叫び、銃を構えた。 狭い場所で敵が集まるのは不味い。それにここから落ちれば恐らく命はないだろう。 同じようにハンドガンを構え、ジュアヴォの脳天を撃ちぬく。
ふら付いた敵にクリスが右ストレートを食らわせ、エレベーターの外へと突き飛ばす。 もがきながら落ちていくジュアヴォに少々罪悪感がわくが仕方ない。
ようやっとエレベーターが上までたどり着いた。
それと同時に中央にいた蛹の背中がぐち、ぎちと嫌な音を立てて割れ始める。 ごくり。生唾を飲み込み、ハンドガンを蛹に向けた。
薄い膜を纏った何かが蛹から飛び出した。 ぬめぬめとした液体を飛び散らせながら膜が裂け、中から何と形容していいのか分からないものが出てきた。 身体は水のような何かで纏われており、顔の部分は人の頭蓋骨のようなものが見えている。 背中からは触手のようなものが飛び出しぐにゃぐにゃと動いており白っぽくぶよぶよとしている。
それ――ハオスは蛹から身体半分を出すと徐に此方を向くとその巨大な手をぐるんと振るった。
「避けろ!」
クリスの叫び声と同時に全員が左右に跳んだ。 ダァン、と叩かれたエレベーターが破壊される。 その衝撃で蛹を掴んでいた機械が緩み、コードを引きちぎりながらハオスが落ちていく。 しかし、落ちた衝撃くらいではハオスは死なないようで遥か下で此方を見上げている。
「クリス!」
「お前達は先に行け。こいつは専門家の仕事だ」
シェリーとジェイクにクリスは落ち着いた声色で言う。 納得いかなそうな顔をするシェリーをジェイクがたしなめ、腕をひっぱり奥へと走っていく。 その背中を見送り、俺はクリスに振り返った。
「俺はクリスと一緒に行くからね」
「……前みたいに命を放り出すなよ……」
クリスの言葉に俺は苦笑し、もうしないよ。と小さく頷いた。
壁の縁を掴み、勢いよくハオスが登ってきた。 菜月たちのいる場所にずしんと大きくいびつな手が乗せられる。 みしみしと嫌な音を立てる足元にピアーズが叫ぶ。
「隊長!上へ!」
ピアーズが飛びついたのは横長の梯子で、随分上の方まで続いている。 危なげな悲鳴を上げる足元が壊れるのと菜月が梯子を掴んだのはほぼ同時だった。
「ひぃいいい!!」
「ナツキ!早くしろ!」
背後で動くハオスの気配に怯えながら必死に手足を動かし梯子を上る。 徐々に梯子がハオスの手により潰されていくのを視界の下のほうに見える。
ガンガンと五月蝿い音を立てながら漸く梯子を上りきると、更に先へと進んでいるクリスとピアーズの後姿があった。
「わ、ちょ、ちょ!置いていかないでよぉおおお!!」
傾く足場に体勢を崩しかけながらも何とか体勢を元通りに戻し、ふたりを追って慌てて駆け出す。 ずんずんと崩されていく足場に涙をちょちょ切らせながら、必死に走り二人に追いつく。
「く!ピアーズ!手を貸してくれ!」
2メートル以上はありそうな高い足場にクリスがピアーズを先に押し上げる。 そしてピアーズが上からクリスを引き上げているが、時間が掛かりすぎ菜月の背後にはハオスの手が間近に迫っている。 このままピアーズに引き上げてもらうのを待っていては菜月はハオスに落とされてしまうだろう。
きゅっと顔を引き締め、両足に力を込める。
ダンッ――
強く地面を蹴り、力いっぱい跳ねた。 軽々と足場に着地する。こういう時、こんな体質でよかったと思える。
「クリス!」
ピアーズの傍へ駆け寄り、力をあわせてクリスを引き上げる。 菜月の顔をピアーズは見て何か言いたそうな顔をしていたが、菜月は気付かなかった。
二人の力をあわせなんとかクリスを引き上げ、再び走り出す。
数々の障害物を飛び越え、エレベーターに飛び込んだ。
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