- ナノ -



再会と、:01

電力供給が出来、使えるようになったエレベーターに乗り込んだ。
がたん、と小さな音を立てて扉が閉まり、エレベーターが動き出した。

エレベーターを降りると、とんでもなく大きな空間に出た。
円形になっており、その中央にはでろでろとした奇妙なものがぶら下がっている。
形だけでいうなら昆虫の"蛹"のような形をしている。

「何だありゃ?」

「分からないわ……でも――」

「絶対良くないものだと思うよ」

恐らくB.O.W.だ。それも超巨大な。
今の所は襲い掛かってくる様子もないが、あれがジュアヴォのように背中から割れて中身が出てきたらどうなるのか。想像したくはない。

――カッカッカッ

「!」

俺達以外の足音に、シェリーとジェイクと顔を見合わせた。
ハンドガンを握り締め、臨戦態勢に入る。

足音のするほうに銃口を向け、引き金に指をかける。

曲がり角からば、と誰かが飛び出してきた。
引き金を引きそうになったが、俺は慌ててそれを止めた。

――…………え。

「クリスッ!?」

シェリーが名前を呼んだ。

――……クリス?

見覚えのある体格と横顔が俺の視界に入る。
トントン、と心臓が早鐘を打つ。

ずっと、ずっと会いたかった人が目の前にいる。

「二人とも無事だったんだな……君は――!?」

「隊長?」

クリスが不自然に止まったのを見て、隣に居た青年が不思議そうに声をかけた。
それすらも無視し、クリスは大股で菜月の前まで歩いてきた。

俺は目じりに涙を浮かべながら、クリスを見上げる。
前よりかは少し小皺の増えた懐かしい顔が俺を見下ろす。

「ナツキ……、なのか?」

恐る恐る、怖々と、尋ねられた。
掴まれた両肩が痛い。

俺は小さく首を動かした。
その瞬間がしりと痛いほど抱きしめられた。
俺もクリスの腰にぎゅうっと腕を回し胸板に顔を押し付ける。
ちょっぴり汗臭い、その臭いすらも懐かしい。

「俺、俺だよ……クリス……ずっと、ずっと、会いたかった!」

「俺もだ……」

クリスは俺を解放すると、今度は優しく頭を撫でてくれた。
まるで父親のようなその温かさに俺は目を細める。

「……隊長、その子供は……?」

「ナツキだ。四年前に一緒に任務を果たした」

「え?ナツキはBSAAなんですか?」

シェリーが俺を凝視しながら、クリスに聞き返した。
そんなに俺にBSAAは似合わないのだろうか?少し、ショックだ。
それよりももっと気になるところがある。
今、クリスはなんと言っただろう。

――四年前に一緒に任務を果たした。

頭の中でクリスの言葉を復唱した。
聞き違いでなければクリスは確かに四年、と言っていた。
四年。あの旅から、もう四年も経っていたのか。
長い眠りについていたせいで、そんな実感が全くない。

四年という年月はあまりにも長い。
それでも、クリスが忘れずに居てくれた事が嬉しかった。

「……ナツキは……」

シェリーの問いにクリスは緩く首を振り、答えにくそうにしている。
俺はクリスの防弾チョッキを軽くつついた。
困ったようなクリスが此方を向いた。

「クリス、いいよ。俺が言う」

「だが――」

いいの。と笑って押し切り、俺は三人の顔を見回してから口を開いた。

「俺は……ウェスカーに創られたウロボロスに完全適合した人間です……人間って言ってもいいのか、よくわかんないけど」

へらりと後頭部を掻きながら苦笑する。
三人は驚きの表情を浮かべたまま硬直している。

「おいおいおい、笑えねぇジョークだな」

真っ先に我に返ったジェイクが眉間に皺を寄せたまま俺を見た。
ジョークでも何でもない、真実だ。

「ジョークじゃない。本当だよ」

「でも、貴方見た目は普通よ?」

シェリーが首をかしげながら、菜月の足元から上までを見る。
そういえば、不適合な人間は触手まみれになるんだったっけか。

「んー……まあそうなんだけど……ちょっとした事が普通じゃないんだよね……」

傷が早く治ったりとか、瞳が赤くなったりとか、異常な程の力とか。
簡単に上げるとするならこの三つくらいか。

カチャ――

銃の構える音に、全員の視線がそちらへ向いた。
青年が此方に銃を構えている。
険しい表情をして、睨む視線は憎悪に溢れている。

「止せ!ピアーズ!」

クリスが青年――ピアーズさんに怒鳴る。
が、ピアーズさんは銃を下ろさない。
黒光りする銃口が俺を睨みつけている。

「何でですか……隊長!コイツはコイツは――」

――化け物なんですよ!!

そう言った瞬間、ピアーズさんはぶっ飛んだ。
クリスが殴り飛ばしたのだ。

「ナツキは……人間だ!そんな風に言うな!」

化け物。そうだ、俺は化け物だ。
ピアーズさんは何一つ間違っちゃいない。
でも、"化け物"と言われる度に胸が張り裂けそうになる。
違わないけれど、哀しくなる。

だから、クリスが人間だ、と言ってくれてとても嬉しかった。

「……化け物じゃないですか……」

「だから!」

ずっと続きそうな言い争いに、俺はクリスの背中を軽く突っついて止める。
険しい顔をしたクリスが俺を見た瞬間に泣きそうな顔になった。
それを笑顔で受け止め、それから俺は地面に座り込んでいるピアーズさんの傍へ片膝をついた。

「ピアーズさん。俺は、俺です。人間でも化け物でも、変わらない」

もしも、と俺は続ける。

「俺が貴方方に危害を加えるようになったら、なりそうだったら……幾らでも銃を俺に向けてください」

「……!」

銃口を掴み、俺はそれを心臓に押し当てた。
もしも今ピアーズさんが引き金をひけば、俺の心臓は吹き飛ぶだろう。
そうなれば、ウロボロス強化された俺もさすがに死ぬ。

呆然とピアーズさんは俺を見上げ、凝視した。
俺はへらりと笑って、その視線を受け止める。

「ナツキ……!馬鹿なこと言うな!」

がっと肩をつかまれ、強制的に腰が浮きクリスの方を向けられた。
泣きそうな、怒ったような顔が俺を見つめた。

「でも……前みたいに、暴走しちゃうかもしれないだろ!俺が、俺でなくなるかもしれない!」

「だったら……前みたいに俺が……俺やシェバが名前を呼んでやる!ナツキッてな!」

「それでも、戻らなかったら……」

「戻るまで呼び続けてやるさ、ナツキ」

「……ぅ……」

クリスの優しさに耐えていた嗚咽が漏れた。
俯くと、ぽすんと頭を暖かな手で撫でられた。
どうして、クリスはこんなにも俺の欲しい言葉をはっきりと言ってくれるんだろう。

嬉しくて、嬉しくて、涙が溢れて零れ落ちる。

「ありがと……ありがとう、クリス……」

クリスは何も言わずに俺の頭を自分の胸元にそっと寄せた。
その温かさに更に涙が零れた。


prev next