- ナノ -



走れ!:02

モバイルで地図を確認しながら、パタパタと小走りで廊下を駆け抜ける。
もうエレベーターの電力は75パーセントまで溜まっているらしい。
あと一つレバーを下げれば100パーセントまで溜まるだろう、とシェリーが教えてくれた。

ぐちゅぐちゅと嫌な音を立てて、溝からラスラパンネが現れる。
それをジェイクがショットガンで吹き飛ばす。
ラスラパンネがぶちりと嫌な音を立てて丁度お腹あたりから切れ、二つに分かれる。

「チッ!めんどくせぇ敵だ!」

「え"!?えぇえええ!!?まだ生きてるの!?」

真っ二つになっても上半身と下半身は動き、俺達に襲い掛かってくる。
悲鳴を上げながら、俺は物凄いスピードでにじり寄ってきた上半身を横に避けた。
くるりと身体を反転させ振り返ると、再び飛びかかる体勢に入っている上半身がいた。
素早くハンドガンを抜き、頭部に向けて引き金を引く。

――タァン

「っし!」

見事に額を撃ちぬくと、ラスラパンネの上半身はぶるぶると痙攣し、真っ白になって干からびた。
それでも、まだ生きているのか微動していたが、もう襲い掛かってくる気配はない。
額ににじみ出た汗を拭い、俺は小さく息を吐き出した。
ラスラパンネの下半身の方はジェイクが倒したようだ。

よく分からない機械の並べられたところを走りぬけると、電力のレバーを見つけた。
これが最後の電源だろう。シェリーがもう一つのレバーを掴んだのを見て、菜月も一緒にレバーを引き下ろす。

ガコン――

  ビチャ――

真横で天井から液体交じりの黒いものが落下してきた。

「ナツキ!下がれ!」

ジェイクが硬直した俺の腕を引っ張り、もう片方の手でハンドガンを撃つ。
ぬるぬるとした身体を光らせ、ラスラパンネが手を振り回してくる。

「――っ」

それを身を屈めて避け、下段蹴りを繰り出してラスラパンネの足を払った。

「ナイスだ、ナツキ!」

体勢を崩したラスラパンネをジェイクがここぞとばかりに電撃バリアの方へ突き飛ばした。
バチバチとラスラパンネは感電し、鼻につく焦げた臭いを発しながら倒れた。

そう、電源レバーの所へ。

あ。と声を上げたのは誰だったか。
ラスラパンネが倒れ込んだ衝撃で電源レバーの機械にエラーが出る。
ブーブーブーとアラートを鳴らしながら、音声が流れる。

『電力供給に異常を確認。エレベーターで退避して下さい』

「パワー不足の次は有り余って暴走か……あり得ねぇ……」

「……ねぇ、今のって、どう考えてもジェイクのs――」

せいじゃん、と言おうとしたら、思い切り後頭部を叩かれた。
割と痛い。涙目になって、恨めしげにジェイクを睨むと知らん顔された。酷い……グスン。

電力異常で電撃バリアはどうやら解けたようで、シェリーが此方に駆け寄ってきた。
俺達の様子を見て、不思議そうに首をかしげている。

「止めれないと進めないわ……」

ぐるぐると異様な速度で回るエレベーターを指差し、シェリーが困ったように眉を下げた。
流石にタイミングよく飛び乗っても、勢いに吹き飛ばされてしまいそうだ。
ちらりと俺はそうなる原因になった隣のジェイクを見上げた。

「あのクレーンに引っかけりゃ何とかなるんじゃねぇかな?」

ジェイクの言ったとおり、エレベーターのすぐ傍には何に使うのかよく分からない大きなクレーンがある。
丁度この階層から操作できるようだ。

わりと無茶な感じはするが、先に進むにはそれしかない。

廊下を通り、隣の部屋へ向かう。
案外すぐにクレーンの操作レバーは見つかった。
ガコン、とレバーを下げるとそれと連動してクレーンも下がっていく。

大きな音を立てて、クレーンとエレベーターがぶつかり合う。
エレベーターの勢いにクレーンが危なっかしく揺れたが、なんとかエレベーターは止まったようだ。

「よし、行くぞ!」

ジェイクがエレベーターに飛び移る。
その後を追い、俺とシェリー、そしてラスラパンネがぴょんと飛び乗った。

…………ん?今ひとり、多かったような……。

くるりと振り返るとラスラパンネが此方へ襲い掛かろうと両腕を振り上げていた。
慌ててハンドガンを構え引き金を引くが、タイミング悪く足場が揺れた。

「おわっ!?」

体勢を崩し、その場に尻餅をついてしまった。
幸いラスラパンネの攻撃はあたらなかったものの、こっちの攻撃も当たっていない。

「ナツキ、下がれ!コレで終わらせる!」

「う、うん!」

ジェイクがばっとラスラパンネの傍に何かを置いた。
その隙に俺は素早く立ち上がり、エレベーターの真ん中へ退避しているシェリーの傍へ駆け寄った。

ズドォン――

手元にあった小さなリモコンボタンをジェイクが押すとラスラパンネの足元が爆発した。
どうやら先程ジェイクが置いたのはリモコン爆弾だったようだ。
ラスラパンネをギッタンギタンにしたのはいいが、エレベーターもギッタンギタンだ。

「ちょ……ジェイクゥウウウウ!!?」

クレーンで止めていた部分が爆破で破壊され、エレベーターは勢いよく回転しながら下へ落下した。
心臓が押し上げられるような感覚に襲われ、次の瞬間に来たのは強烈な衝撃だった。

「ぅ、わっ!?」

その衝撃にぐらりと身体が揺れ、エレベーターの外へと投げ出される。
遥か下には真っ赤な溶岩が蒸気を上げて、俺達を飲み込もうと待ち構えている。
何かを掴もうと必死に手を振り回すが、空を切るばかりで何もつかめない。

そうしているうちにもどんどんと身体は重力に引かれていく。
恐怖に俺は目を硬く閉じた。

「ナツキッ!」

ぐんと落下が止まった。腕を誰かにつかまれている。
そろそろと瞼を上げると険しい顔をしたジェイクが俺を見下ろしている。

「……っく!先に上がれ!」

「ジェイクッ……無理だよ!」

ジェイクもジェイクで落ちそうだ。
腕一本で人間二人分を支えるなんて、普通無理だ。
ぐい、と腕を思い切り引かれ、徐々に身体が上がっていく。

「諦めんな!クソガキ!」

米神に血管を浮き上がらせながら、力いっぱいジェイクが俺の身体を上げていく。
諦めるな。そう言われて俺は小さく頷き、掴まれている方とは逆の手をエレベーターに伸ばした。


後十センチ――


後五センチ――


「届いた!」

がしとエレベーターをしっかりと掴む。
身体に力を入れて、エレベーターの方へと身体を滑り込ませる。
二つあるエレベーターに挟まれてしまっているため、立てるようなスペースはない。
それに徐々に上のエレベーターが下がってきている。早く行かなければ押しつぶされてしまうだろう。

「ジェイク、ナツキ!早く!」

既に先へ向かっていたシェリーが俺達を呼ぶ。
匍匐全身でじりじりと進んでいく。それと一緒にどんどんと上のエレベーターが下がってくる。
さっきまでは座っても余裕があったのに、もうはいつくばっていても余裕がないくらいになっている。

息を切らし、腕がジンジンと傷んでも必死にシェリーの方へと進んでいく。

「チッ!後ろから来やがった!」

ジェイクが苦々しげに舌打ちをした。
ちらりと首だけを動かし背後を確認するとジェイクの後ろに二つに分かれたラスラパンネがじりじりと迫ってきている。
先程のラスラパンネがまた復活したようだ。

あと少しだ。

いちに、いちに、と頭の中で繰り返しながら、菜月は漸くエレベーターの端まで来た。

「ナツキ!ジャンプして!」

「うん!」

シェリーに促されるまま、足に力をいれ跳躍する。
上手く着地できた。残すはジェイクのみだ。

エレベーターはもうジェイクの頭すれすれにまで下がってきていた。
ラスラパンネもジェイクの足を掴もうと手を伸ばしている。
ぎゅっとハンドガンを握り締め、ラスラパンネに狙いをつけた。

「ナツキ!狙うなんて無茶よ……ジェイクに当たったら!」

「……大丈夫だよ、シェリー。俺を信じて」

ジェイクの身体で殆ど隠れているが、当てなければジェイクが足を引っ張られる恐れがある。
小さく笑みを浮かべ、俺はラスラパンネを睨み、引き金を引いた。

――タァン

乾いた破裂音が響く。

それと一緒にジェイクが高く飛び跳ねた。
タン、と上手く着地するとジェイクは俺の頭を軽く小突いた。

「やるなナツキ!そこらのエージェントより上手いんじゃないか?」

「へへ、ありがとう、ジェイク」

「でも、冷や冷やしたわ……」

ふぅ、と小さく息を吐き出しながらシェリーは困ったように微笑んだ。



prev next