走れ!:01
金属製の扉を潜り忍び足で、しんとした廊下らしき場所を歩く。 ここが何処なのかはわからないが、何の音も聞こえない。 廊下は青白い光りを放つ蛍光灯がぽつぽつと付けられているが、やはり薄暗い。
ジェイクやシェリーの声が聞こえやしないかと耳をそばだて、敵がいないかどうか周りの気配を感じとる。
キュ――
握り締めたグリップが小さく音を立てた。 曲がり角を首だけ出して、敵の確認をする。
誰もいない。
顔を引き締め、一歩踏み出した。
――グチュ、グチュグチャ
………………
…………
……今、何か、聞こえたような……。
背後で聞こえた潰れるような音に菜月は顔を引きつらせた。 気のせいだと思いたいが百パーセント気のせいじゃない。 なぜならば――。
ひた、ひた――
気味の悪い足音がするからだ。 生唾をごくりと飲み込み、菜月は足を一歩前に出してからぐるりと回って振り返った。
「い"!?ひぃぃいいいぃいい!??」
ヌルんとした気持ちの悪い身体は人型だが、土気色通り越し岩みたいな色だ。 ぱっかりと開いた口は口裂け女のように米神まであり、人の頭を飲み込んでしまいそうだ。 それが身体をぶるぶると痙攣させながら此方へ来るのだから溜まったものじゃあない。
銃を構えたまま後退する。
いやいやいやいや、何あの気持ちの悪い生き物!? 今までそれなりに気持ち悪いB.O.W.を見てきたが、桁違いの気持ち悪さだ。 レポティッツァも割とデロデロしてて気持ち悪かったが……。
考え事しながら後退していたのが祟り、踵が僅かな段差につっかえた。 傾く身体に血液が一気に何処かへ消失してしまうような感覚がした。
目のない顔がにたりと、俺を嘲笑ったのが見えた。
「きゃぁああああああ!!!いやぁああああああ!!!」
どしりと菜月の身体にのしかかってきた気持ち悪い生き物――ラスラパンネはがっしりと菜月の両肩を地面に押さえつける。 見た目の割りに重い身体を乗っけられ身動きが取れず、嫌な汗が額を伝った。
表情のない顔が徐々に菜月に迫ってくる。 パッカリと開いた口から見たくもない何かがでろんと飛び出した。 ぴちゃぴちゃと涎が菜月の顔にかかる。 気持ち悪さに顔を顰めたが、すぐにでも拭いたくなったが今はそんな事をしている場合ではない。 最悪な事に握り締めていたはずのハンドガンは躓いた際に廊下の端まで滑らせてしまった。
状況を打開しようと辺りに視線をめぐらせるが、使えそうなものはない。
「何……声……ク……」
鼓膜を震わせたのは誰かの声。 更に耳を澄ませば、二人分の足音がする。
それも、すぐ傍だ。
「助けてぇえええ!!ってうぃひぃいいいいい!!?」
意を決して叫んだのはいいが、頬に思い切りべっちょりとしたラスラパンネの顔が引っ付けられる。 あまりの気持ち悪さに気絶したくなる。
「ナツキ!?」
「っと、手のかかるガキだな!」
ダン、と地面を蹴る音がして、一瞬のうちに身体が軽くなった。
「ナツキ、無事……?」
菜月の顔を覗き込んできたのは、シェリーだった。 心配そうな顔をして菜月を見つめている。
「ちょっと……ナツキ、大丈夫なの?」
見知った顔に覗き込まれ、涙腺が緩みほろほろと涙が溢れ出す。 困った顔のシェリーが更に眉を下げておろおろとした。
「……ぅ、うん、大丈夫……安心したら、涙出ちゃった」
「そう……怪我はないのね?」
こくりと頷くと、シェリーはほ、と胸を撫で下ろした。 随分心配をかけてしまったようだ。 身体を起こし涙を拭って、シェリーを安心させるようにへらっと笑った。 だが、シェリーはまだ暗い表情をしたままだ。
「シェリー?」
「……ごめんなさい、ナツキ……」
本当にごめんなさい。と、シェリーは唐突に頭を下げて謝罪を口にした。 謝られる理由が分からず、菜月は頭にハテナを浮かべる。
「私のせいで危険な目に合わせてしまったわ……貴方は一般人なのに……」
そう言い、すっかりと肩を落として暗い顔をしたシェリーに俺はきょとんとした。
ひとりは確かに怖かったけれど、別にそう危険な目に合っていない。 もっと危険な所はクリス達と行った事がある。遺跡とか火山とか。 それに比べれば今回の事なんて屁じゃないし、それに俺は"一般人"という枠に収まっているのかどうか怪しいところだ。 ウロボロスウイルスが完全に適合してる人間って……一般人じゃないよね……多分。
そんなことはさて置いて、菜月自身は全く気にしていない。 寧ろ、一緒に居てくれてありがとうと言いたい位だ。
ぽん――
「……?」
俯くシェリーの肩を軽く叩いた。 そろそろとシェリーが顔を上げた。目じりに涙を浮かべている。 柔らかく微笑み俺は口を開いた。
「危険なんて初めから分かってる。一般人だ、なんて言って仲間外れにしないでよ……乗りかかった船は最後まで乗せてよ」
「でも……死ぬかもしれないのよ……!」
「俺、会わなきゃいけない人がいるんだ。その人に会うまで死ねない……ううん、死なない」
だから、大丈夫。 俺は笑って、シェリーの涙を指先で拭った。 それでもやっぱりシェリーは泣きそうに眉を下げたままだった。
「いいじゃねぇか……どうせ、ここまで来ちまったんだ。今更どうこう言っても無駄だろ?」
「そうそう!俺、こういうサバイバル慣れてるし!」
敵を倒して戻ってきたジェイクに同意し、ぴょんと元気よく立ち上がりって俺は銃を構えて見せた。
「シェリーがそんな風に謝る必要なんてないよ!」
座り込んだままのシェリーに手を差し伸べた。 しばし、シェリーはその手のひらを見つめてからゆっくりと手を重ねる。
「……ありがとう、ナツキ」
綺麗な瞳に真っ直ぐ見つめられ、少し照れながらも俺は小さく笑った 誰かから感謝されるのは何だかむず痒くて慣れない……でも、悪くない。
シェリーの手を引き、立ち上がらせる。 もう、シェリーの目に涙はない。
「で、二人は今何してるの?」
「エレベーターの電源を入れてまわってる」
ジェイクが俺の問いに簡単に答えてくれた。 ふぅんと相槌を打ち、とりあえずこれからの行き先はエレベーターの電源を入れるためのレバーのところか。 落としたハンドガンを拾い上げ、俺達は駆け出した。
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