約束と本音:01
それはともかく、ウビストヴォに殺される危機は去った。 ふぅ、と三者三様にため息を吐き出していると、不意にシェリーがウエストポーチに手を突っ込んだ。
「はい」
どうやら、着信があったらしい。 最新型の薄いモバイルを耳に押し当てシェリーが応答する。 相手の声は聞こえなかったが、シェリーの表情を見て電話口の相手が誰かぴんときた。
――シモンズだ。
「近くまで来ています」
少し表情を暗くしながら、シェリーは小さく頷いた。
「はい、急ぎます」
簡単な返事だけでしてシェリーはモバイルを下ろした。 神妙な面持ちでシェリーはモバイルを両手で握り締め、俯いた。
「上司か?」
「……今のところは」
泣きそうな、笑顔を作りながらシェリーはジェイクの問いに答えた。 そうだよな。ずっと信じてた人が実は悪者だった、なんてタチの悪い冗談か何かだと思いたいだろう。 俺だってクリスが悪者だ、なんて言われたら凄くショックだ。 ――万が一にもそんな事ありはしないけど。
「行こう」
波板やドラム缶が並べられた川沿いを走り抜ける。 シェリーのいう待ち合わせ場所はすぐそこらしい。
扉の前でシェリーは立ち止まった。 此方からは表情を確認する事は出来ないが、何となく予想は出来た。
「レオンの言った事が本当だったら……」
シェリーは唐突に切り出し、それからジェイクの方を向いて続けた。
「私を置いて逃げて……たとえ何が起きても……」
「シェリー……」
ジェイクはシェリーの言葉に顔を顰め、視線をそらした。
置いて逃げるなんて……出来る訳ないし、したくない。 少なくとも俺がジェイクの立場だったなら、絶対に置いて逃げる選択肢は選びたくない。
――約束して。
強い眼差しで見つめられ、ジェイクは少しの間を置いて短く答えた。
「……分かった」
ジェイクの答えにシェリーは安堵したように小さく息を吐き出し、それから俺を見た。
「ナツキはジェイクを助けてあげて……お願い」
「……うん……」
「ありがとう」
菜月が小さく首を縦に振ると、シェリーは口元を上げた。 その感謝の言葉につきりと胸が痛くなったのは、自分が嘘をついたからなんだろう。
キィ――
鉄製の錆びた扉をシェリーが開けた。 軋んだ音を立てて扉の向こうが徐々に視界へ飛び込んでくる。
銃を構えるレオンとヘレナ、そしてその先に居るのはいつぞやモバイルで見たシモンズとそれに付き添う銃を構えた数人の男。 一触即発のその光景を見たシェリーが叫んだ。
「待ってください!」
駆けて行くシェリーの背を追い、ジェイクと共に走る。
「おい、ナツキ」
「何?」
不意にジェイクが声をかけてきた。 やけに真剣な顔に俺は目をぱちくりさせて尋ね返す。
「シェリーの約束なんざ、クソ喰らえだ」
ジェイクの返答に俺は一瞬、きょとんとして、それから苦笑した。
「そうだね。置いて行ける訳、ないもん」
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