覚醒する意識:01
「い、き、てる……?」
ぽかんとしたまま俺は呟いた。ぺた、と自分の頬を触る。 あぁ、手が冷たくて気持ちいい……じゃなくって!
がば、と身体を起こし俺はきょろきょろと辺りを見回した。
あたりは真っ暗で遠くははっきりと見えない。 だが、嫌なにおいが鼻につく。この鼻につんとくる肉の腐ったようなにおいはいったい何なんだろう。 何かの気配を感じるが、姿は見えない。
いつまでも座り込んでいるわけにもいかないので、そろそろと立ち上がりお尻についたゴミを払う。
「ど、こなんだろ……?」
生暖かいような空気が嫌な気分にさせる。 いつも掛けていたショルダーバッグに手を伸ばしたが、からぶってしまう。 何もつかめなかった手に俺はきょとんとしてそして思い出したように、あぁと声を上げた。
置いてきちゃったんだっけ。鞄も全部。
目を閉じれば思い出せるクリスとシェバと一緒に居た日々。 懐かしむように目を細めて俺はくすりと笑った。
『ぅ……うぅ……』
「誰か、いる?」
何かの呻くような声が聞こえて俺はぎくりと肩を揺らした。 そろそろと声の聞こえたほうに、足を動かす。
暗がりからよたよたとおぼつかない足取りで何かがやってくる。
人だった。
しかし、その身体は茶色く変色し、ずるずるに腐り落ちている。 思わず引きつった声が漏れた。
ソレから目を離さずに後じさりする。
「え、え?なになになになに!!!?」
一歩近づいてくるたび、一歩下がる。 冷や汗がだらだらと顔から背中から流れ落ちる。
『う、ぅう……』
背後からうめき声が聞こえて、耳の横から茶色い腕がにょきっと伸びた。 背筋がぞわっと泡立つのを感じた。
「ひっぎゃぁああああああああ!!!!」
とんでもなく大きな悲鳴を上げ、反射的に俺は耳の横の腕を掴み背負い投げる。 目の前にいたソレを巻き込んでべきょ、と嫌な音を立ててソレは逆くの字に曲がり、腕は肩からもげた。 右手に残った腕を見つめて俺は呆然とする。
――いや、これなに?
ぬるぬるとしていて皮膚はずるむけているし、髪の毛は全て抜け落ちている。 腕をその場に捨てて、俺は服の裾でごしごしと手を拭いた。
クリスとシェバと一緒に戦ったお陰でそれなりに精神力もついたと思っているが、やっぱり怖いものは怖い。
ずる、ずると再び地面を這いずりだして、俺は素早く退いた。
「な、な、まじでなにこれぇええええ!!!!?」
再び悲鳴を上げて、ソレから背を向け駆け出した。 ガンホルダーはあるけれど、肝心の銃が入っていない。
あぁ、もう最悪だ。誰か助けて。
目じりに涙を浮かべながら、わけも分からずがむしゃらに走る。 こんなときクリスやシェバがいたら心強いのに。彼らの顔を思い出し、もっと泣きそうになる。
ガッ――
つま先が何かに引っかかり身体が前のめりになる。
「ぎぃやぁああああっ!?」
スライディングするように俺はしたたかに地面に顔を打ち付ける。 あまりの痛みに顔を押さえてごろごろと地面に転がる。あれ、さっきもこんなことあったぞ……。
「お、おい、君大丈夫か?」
恐る恐るといった風に掛けられた声に俺はがばっと顔を上げて声の主を見上げた。 茶髪の男性がこちらを心配そうに見つめている。歳は30代くらいだろうか?渋い顔をしている。 漸く普通の話ができる人に出会えて、痛みからではない涙がぽろりとこぼれる。
「大丈夫か?どこか痛むのか?」
涙を流した菜月を見て男性はそっと背中を撫でてきた。 子供をあやすようにぽんぽんと背中を撫でられて漸く我に返る。
「あ、はい!俺、頑丈なんで!」
涙をごしごしと袖口で拭いて、へらりと男に笑い掛けた。 菜月の笑顔を見て男もつられて笑みを見せた。
中々にイケメンだ。
どうでも良いことを考えつつ、男に手伝ってもらって立ち上がる。
「俺はレオン・ケネディだ。君は?」
「あ、俺、菜月って言います!」
男、ことレオンさんと自己紹介をする。 互いの名前を知れたところで背後から先ほどの奴らの気配がした。 俺の強張った顔を見てレオンさんが安心させるように微笑んだ。
「もし何かあったら俺が守ってやる」
さあ、行くぞ。といわれて、俺は小さく頷いた。 頼れる大きな背中について走る。 銃があればそれなりに戦えるのだが、何にもなしでは何もできない。
走りながら、レオンさんに尋ねる。
「聞きたいんですが……さっき腐った人みたいなのに逢ったんですけど、あれってなんですか?」
「何って……ゾンビさ」
何を言っているんだ、といった風な顔をされた。 どうやら世間知らずな問いかけだったらしい。
「C-ウイルスに感染するとゾンビになるんだ」
ふぅん、と相槌をうちながら、レオンさんの話を聞く。 ウロボロスウイルス以外にもそんな名前のウイルスがあったなんて知らなかった。
走り続けていると、横の通路から女の人が飛び出してきた。
「ヘレナ!」
レオンさんが名前を呼んでいるところから知り合いのようだ。 その姿がかつて一緒に居たクリスとシェバにダブった。 こうやって一緒に戦って、喋って笑って。今二人は何をしているんだろう。
ヘレナ、と呼ばれた女性はレオンさんをみるとほ、と安堵したような顔をした。 その後、背後にいた菜月をみて不思議そうな顔をする。
「レオン、その子は?」
「さっき見つけた生存者だ」
安全なところまでつれていく、レオンさんがいうとヘレナさんは納得したように頷いた。
「菜月です、えっとヘレナさん?」
「えぇ、ヘレナ・ハーバーよ。よろしく」
挨拶もそこそこにレオンさんに促されて先へと進む。 なだらかな傾斜を駆け上がると大きな建物があった。 どうやら二人はその建物に用があるらしい。
これまた3メートルほどありそうな大きな扉をヘレナさんがノックする。
ぽつりぽつりと降り出した雨が次第に強くなってくる。 髪がぺったりと顔について気持ち悪い。
「誰かいるんでしょ!?ここをあけて!」
「冗談じゃない!開けたらゾンビが入ってくる!」
中から怒ったような男の人の声が返ってきた。 どうやら、中にはまだウイルスに感染していない人達がいるらしい。 気が立っているのか、中に入れてくれそうにない。
「今なら大丈夫だ、早く!」
レオンが背後から忍び寄ってきたゾンビを睨みながらも中の主に言う。 だが、その嘘もすぐにばれてしまう。
「適当いってんじゃねぇ!奴らの声が聞こえるぜ!」
「わかったわよ、こいつらを片付ければいいんでしょ」
取り付く島もない中の主にむすっとした顔でヘレナが銃を構えた。 俺も徐々に数を増やしてくるゾンビにファイティングポーズをとる。
タン、タンと銃を撃つ音がする。 その音に懐かしさを覚えつつ、目の前のゾンビにハイキックを繰り出す。 ぐちゃ、と首だけが取れて遠くへ飛んでいく。
「ポール!誰か来たんだろう!?何故あけない!?」
「"奴ら"も一緒なんだよ!開けたらついて来ちまうだろ!」
中にいる人はどうやら一人じゃないらしい。 言い争っているみたいだが、どうせならゾンビが集まる前にさっさとあけてほしかった。
屈み込んで、ゾンビのすねを思い切り蹴り飛ばす。 ウロボロスのお陰か体力と筋力はついたようで、少し力を込めるだけで面白いほどにゾンビが飛んでいく。 嫌いだったこの力も今だけはありがたい。
――ごぉおおおん、ごぉおおおん
突然地を揺るがすような鐘の音が建物を中心に鳴り響いた。 はるか遠くまで聞こえそうなその音にレオンさんとヘレナさんは顔をしかめた。
「こんな時に、鐘が……!冗談でしょ!?」
「構えろ!奴らが集まってくるぞ!ナツキは下がっているんだ!」
「平気!俺も戦えるよ!」
銃がないから不安ではあるが、ウロボロスに強化された体術ならそれなりに戦える。 ウェスカーほどに動くことはできないけれども。
ゾンビではない、筋肉をむき出しにしたようなヒト型の生き物が体液を撒き散らしながら此方に飛び掛ってきた。
「ひぎっ!?」
悲鳴を上げて、素早く右にそれた。 ターゲットがなくなったせいで無様に地面に飛びついたそれ――ブラッドショットを思い切り踏み潰す。
グチャッ――
予想以上に力を込めすぎたらしい。 肉どころか骨まで砕けて、ブラッドショットの胸部にはくっきりと靴の形に穴が開いている。 思わず悪いことをしてしまったような気になり、ヘレナさんとレオンさんの様子を確認してしまった。 二人ともゾンビを倒すのに必死でこっちには気付いていないらしい。 その事実に少しほ、としつつ、近づいてきたゾンビを蹴り飛ばした。
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