VSウビストヴォ:02
「さあ、行きましょ!」
先程とは違うがよく似たボートに飛び乗り、先へと進む。 当然操縦はジェイクだ。俺が操縦しようものならそこかしこをぶつけまくるだろう。
不意に視界の端で光る何かが通り過ぎた。
「何か光ったわ……」
気のせいかとも思ったがシェリーも見えたのなら気のせいではない。 目を細めその光を追うが漂流物の下へ行ってしまい見えなくなった。
それはさて置いて、先程同様なるべくボートの中央で腰を低くする。
「く、舵がきかなくなりやがった!」
「はぁっ!?」
ジェイクが舵をぐるぐると回しているが一向にボートの向きは変わらない。 エンジンだけは動いているため、ボートは前へ前へと進んでいく。
「ちょちょちょ!陸陸!ぶつかるって!」
「分かってる!」
だんだんと近づく陸地に顔を引きつらせ叫ぶと苛々したように返された……ぐすん。
「っわっ……」
結局、ジェイクの努力むなしく、ボートはぶつかり跳ね返る。 体勢を崩し、思い切り尻餅をついてしまう。
ザバッ――
目の前で水が波打ち音を立てた。 それと一緒に何かが飛び出してくる。
細身で赤黒い皮膚をしていて右手にはチェーンソー。
足元から徐々に目線を上げていき、振り上げられたそれに菜月は顔を引きつらせた。
「ぎゃぁあああああ!!!」
ごろんと転がり、振り下ろされるチェーンソーを避けた。 ががが、とボートがチェーンソーで抉られる。
「おいおいマジかよ!」
またか、とジェイクは嫌そうに息を吐き出した。 ため息つくよりも前に俺を助けて欲しいんだけど!心の中で文句を吐きつつ俺は素早く立ち上がり、ウビストヴォから距離をとる。 ウビストヴォはどうも暴走しているのかさっきよりもチェーンソーを振るう速度が速い。
ボートの上という逃げ場の無い小さなそこで走り回り、ウビストヴォの攻撃を避ける。
タン――
タァン――
銃で応戦するものの中々倒れないウビストヴォにジェイクが舌打ちしたのが聞こえた。 流石に俺もウビストヴォのしつこさにはうんざりしてきた。
「もーヤだ……」
身体を軽く反らして、チェーンソーを避ける。 正直、こういう奴と戦うのにも慣れてしまった。 クリスとシェバと一緒にいたときも戦ったし。あの時はドラム缶爆発させたんだったっけ。
ふぅとため息を吐き出し、引き金を引く。
狙いはぶれることなく脳天を撃ちぬいた。 怯んだウビストヴォにシェリーがマシンガンで追撃する。
ウビストヴォが徐々にボートの端へと追い詰められていく。
――タァン
頭上に吊り下げられていた鉄骨が一つの銃声と共に落下し、ボート端にいたウビストヴォを巻き込んで川へと沈んでいった。 その衝撃でボートが押し流され、陸地に近づく。
やれやれと菜月もジェイクもシェリーも疲れた顔をして陸地に上がろうと一歩踏み出す。
誰が予想しただろう。
――ザッパァアアン!
ウビストヴォが再び飛び出してくるなんて。
「うわぁっ!?」
シェリーとジェイクは既に陸地に上がっている。 船に残されたのは俺とウビストヴォのみ。 ウビストヴォが飛び乗った衝撃でボートは再び離岸してしまう。
もう菜月の脚力では到底飛び越せないほど離れている。 それに目の前にはウビストヴォが迫ってきている。 ジェイクとシェリーが必死に此方の援護をしてくれているが、倒せたとしてどうすればいいのか。
泣きそうになりながら――いや、既に涙を浮かべながら、菜月はハンドガンを構える。
「――へぶっ!?」
横からの突然の衝撃に思い切り舌を噛み、ついに菜月は涙をほろりと零す。 何だか柔らかいものが後頭部に当たっている。
何だろうと思い顔を上げるとくすりと笑う黒髪の女の人と目が合った。
「え、いだ、さん」
途切れ途切れになりながらもエイダさんの名を呼ぶ。 何故、エイダさんがここにいるのかはわからないが助けられたのは確かだ。 びゅうびゅうとふきつける風に負けない声で俺は感謝の言葉を述べた。
「ありがとう!」
エイダさんは何も言わなかったが少し目を見開いた後、にっこりと笑ってくれた。 ぐるっと旋回し、ジェイクとシェリーの場所が近づいてくる。
「――え"……」
丁度ジェイクの真下に来た瞬間、腰に回された腕が離された。 突如襲いかかる浮遊感に俺は顔を引きつらせる。 心臓がぐにゃりとせり上がり口から飛び出しそうになる。
助けてくれたのは嬉しいけど……宙で手を離さないでぇえええええ!!
ひゅ、と喉が掠れた音を立てた。 硬く目を閉じたが、落ちていく感覚ははっきりと分かる。 落下の痛みに耐えるためぎゅうと歯を食いしばった。
「っと、大丈夫かお前」
が、痛みはなく、かわりにしっかりとした硬い腕が菜月の身体に回った。 目を開けるとジェイクの顔が至近距離にあり、菜月は硬直する。
「ナツキ?」
「ぶ、あぉおえぉあお!!?だ、だだだだいじょうぶ!」
「お、おい!暴れるな――」
顔を覗き込まれ、唇が触れそうなほどジェイクが近づく。 身体中の血液が顔に集まってきて、急激に体温が上がる。 菜月は奇声を上げながら、照れを隠すように腕を大きく上下させた。
「――でぇあ!?」
それがいけなかった。ジェイクの腕から転がり落ち、思い切りお尻から落下する。 ずきりと鈍い痛みに涙がちょちょぎれる。
言わんこっちゃない。呆れたようにジェイクがため息をつき、シェリーは半目になって此方を見下している。 突き刺さる二人の視線がお尻の痛みよりも痛いです。はい……泣いてもいいですか。
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