VSウビストヴォ:01
キュイン――
何だか聞き覚えのある嫌な音が聞こえたような気がした。 気のせいだと思いたくても、気のせいではないと直感が告げている。 冷たい汗がつうっと背中に伝う。 ぎぎぎ、と機械のように背後を振り返った。
「――っ!?」
振り下ろされたチェーンソーを反射的に仰け反って避けた。 逃げ遅れた前髪が数本チェーンソーに切り取られて宙を舞う。
「逃げるぞっ!」
「い!言われなくてもっ!!」
瞬間的に回れ右をして、足を動かす。 ジェイクはシェリーの手を引っ張り、傍にあったボートへ飛び乗る。 その後を追い俺もボートに飛び乗った。 ボートというにはあまりにも粗末過ぎるそれをジェイクが素早くエンジンを掛ける。 ぶぶぶ、という起動音はするが、ボートはすぐには動かない。
「くっ!」
俺はハンドガンを取り出し、チェーンソー野郎――ウビストヴォの脳天を狙い、引き金を引く――
――タァン
よりも前に、何処からか銃声が響き、ウビストヴォの脳天を撃ち抜いた。 ぐらりと倒れたそれに俺はぽかんとして背後の二人を見る。 が、ジェイクもシェリーも銃は構えていない。
「……誰がやった?」
「俺じゃないよ?」
ジェイクの問いかけに俺は肩を竦めて首を振る。 そもそもあの威力はハンドガンの威力じゃない。多分ライフルとかそういう辺りの銃の威力だった。 誰がやったかは分からないが助かったのは確かだ。 ジェイクは首を傾げながらも、ボートを発進させた。
「クソッたれが!」
行く手を遮るようにある燃え盛る船をジェイクが悪態をつきながら舵を取り、上手く避ける。 その度にボートが危なっかしく揺れるため、菜月はうっかり転げ落ちないように姿勢を低くした。 ジェイクの運転のお陰で何にもぶつからずにすんだ。ある程度まで先へと進み、俺達はボートから降りる。
燃え盛る建物の熱気に菜月は顔を顰めた。 熱いのが苦手なのは自分がウロボロスだからなのだろう。 火を避けるように歩きながら、後方を歩く二人を振り返った。
「こっからどうやって進むn――」
進むの?と聞くよりも前にすぐ傍の建物の壁が大きな音ともに吹っ飛んだ。 吹き飛んだ瓦礫が菜月の鼻先を掠め、川へと落ちてどぷんと飛沫を上げる。
――キュイン!
劈くような高い機械音に何かを考えるよりも前に身体が逃げる動作を取った。
「追いついてきやがった!いい根性してるぜ!」
苦々しげにジェイクが吐き捨てながら、銃を構えた。 キュンキュンとチェーンソーを鳴らしながら、ウビストヴォは戦闘態勢に入れていないシェリーに向かっていく。
荒々しく振り回されるチェーンソーはとても危険で近づく事が出来ない。 無理に横を通り過ぎようものなら、身体を真っ二つにされそうだ。
「シェリー!逃げろ!」
「う、うん!」
傍にいたジェイクがウビストヴォを撃ち、シェリーを背後へ庇う。 しかし、ちょっとやそっとの攻撃では中々怯まない。 徐々に距離を詰めてくるウビストヴォにジェイクは顔を顰める。
――タァン
また何処か遠いところで銃声が響き、ウビストヴォの脳天を撃ちぬく。 誰かが狙撃してくれている。誰かは分からないが、敵ではないのだろう。 何となく直感でそう考えつつ、俺はハンドガンを構え狙いをつけると戸惑い無く引き金を引く。
「チッ、騒ぎを聞きつけやがったか!」
ウビストヴォだけでなく、仮面をつけたマジニのような奴ら――ジュアヴォがぞろぞろと現れる。 その手にはマシンガンが持たれていたり、鋭利な剣が持たれていたりとどう見ても敵だ。 ウビストヴォだけでも手に余るというのにこの敵の増援は辛い。
「ジェイク、シェリー!雑魚は俺に任せて!」
ジェイクの傍にいるジュアヴォをハンドガンで怯ませながら叫ぶ。 ジェイクは俺を一瞥してから、小さく頷いた。了解、という意味でいいのだろう。
タァン――
ジュアヴォが怯んだ瞬間に一気に距離をつめ、渾身の力を込めて殴り飛ばす。 その動作を何度か繰り返していくうちにどんどんジュアヴォの数は減り、残すは後3体のジュアヴォとウビストヴォのみだ。 ウビストヴォも大分体力を削られているのか、足取りがふら付いている。 それでも、チェーンソーの攻撃は危険な事には変わらない。
菜月は顔を引き締め、ハンドガンを握りなおす。
「ナツキ!」
背後から聞こえたシェリーの声に俺は振り返り、顔を引きつらせた。 真っ直ぐに振り上げられたチェーンソーがぎらりと鈍く光る。
振り下ろされるチェーンソーに冷たい汗が額から噴出す。 息をする事も忘れ、目をかっぴらいて徐々に近づくチェーンソーを見つめた。 トントンと心臓が早鐘を打つ、けれどそれと反対に世界はまるでコマ送りのようにゆっくりと進んでいく。
チェーンソーで叩ききられたら痛そうだ、なんてどうでもいい事を頭の片隅で考える。
――死ぬ。
頭の真ん中にでかでかと書かれたその文字に菜月はごくりと生唾を飲み込んだ。 死。熱くて痛くて切なくて、そして哀しい。一度は味わったその感覚。 そしてもう二度と感じたくないと思ったそれ。
『お前はもっと世界を見ろ、もっと生きろ』
同時に思い出したのはウェスカーの言葉。 もっと、もっと生きたい。俺はまだ、クリスに会えてない。 こんなところで死ぬなんて心残りがありすぎる。
「――っ生きる!」
振り下ろされるよりも前にがしりとウビストヴォの腕を掴み、軌道をずらす。 無理やりチェーンソーを地面まで振り下ろさせ、無防備になったウビストヴォの胴体を掴み思い切り建物に叩き付けた。
ネオンが割れ、火花を放つ。
ウビストヴォが俺を振り払おうとチェーンソーを動かそうとするが、それよりも前に腕を掴み動きを制御する。 そして、そのまま掴む手に力を込め――
「ナツキ!建物がッ――」
シェリーの悲鳴のような高い叫び声に、急激に頭が冷え我に返る。 頭上を見上げるとぐらぐらと揺れる背の高い看板が目に入った。
ウビストヴォを離し、菜月はシェリーとジェイクのもとへ逃げる。
――ダァアアアン
支えきれなくなった看板が倒れウビストヴォを下敷きにした。 流石にこうなればウビストヴォも生きてはいないだろう。 ほ、と小さく安堵のため息を吐き出し、俺は二人を振り返る。
「お前……目は赤だったか?」
「……え?」
ジェイクが菜月の目を指差して訝しげな表情をする。 覗き込むように見つめられ、俺は二、三歩後退し眉を下げた。 ウロボロスの力を発動させた余韻が残って瞳が赤くなってしまっているんだろう。
突き放されるのが怖くて、菜月は何も言えずに俯いた。
ふぅ、とジェイクがため息をついたのが聞こえて、肩が跳ねる。 壊れ物を触るかのように優しく頭に手が置かれた。
「言いたくないなら、俺は無理に聞かねぇよ」
「――ジェイク……」
顔を上げると、にまりと口元を上げるジェイクと目が合った。 ぽんぽんと頭を撫でられ、俺は目じりに浮かんでいた涙を拭い、つられるように笑った。
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