- ナノ -



VSウスタナク:03

最初の鉄塔が倒れたのを皮切りにもうひとつの鉄塔が俺達の方へと向かって倒れてくる。

「わ、わわああぁああ!!」

ゆっくりとしかし徐々に早く、鉄塔は倒れてきた。
悲鳴を上げて菜月は左に飛び逃げた。

ガッシャァアアアアン――

逃げると同時に背後で鉄塔が崩れ落ちた音がした。
何とか逃げれた事に安堵しつつ、菜月は背後を振り返る。
燃え盛る鉄塔の向こう側にレオンとヘレナがいる。

ん、向こう側……?

首だけを動かして隣を見た。
ジェイクとシェリーだ。再度前を見る。
どう見ても通る事は出来ないだろう燃える鉄塔が道を塞いでいる。

どうやら俺はレオンとヘレナと離れてしまったようだ。

「クーチェンのクンルンビル!そこでシモンズと落ち合うことになってる!」

燃え盛る炎の音に負けないくらいの大きな声でシェリーは言った。
先程は答えを渋っていたが、結局教える事にしたようだ。

「シェリー……!!」

レオンの声は爆音にかき消され聞こえない。
再度爆発が起こり、僅かに見えていた姿も見えなくなってしまった。
これ以上ここにいるのは危険だ。

しかし、シェリーは中々この場から動こうとしない。
必死に鉄塔の向こう側のレオンを探しているようだった。

「お前の英雄さんだろ?無事来るさ」

腕を引き、ジェイクが子供に言い聞かせるように優しく言う。
暫しシェリーは鉄塔を見つめていたが、ジェイクに言われ目を伏せ頷いた。


「貴方は誰なの?私はシェリー」

少し歩いてからふとシェリーが菜月を訝しげに見ながら尋ねた。
そういえば唐突に出会い、挨拶がまだだった。
レオンと共にいたから敵と判断される事はないだろうが、シェリーにとっては怪しい人でしかない。

足を止め、ジェイクとシェリーが菜月に向き直った。

「俺は菜月。トールオークスでレオンに助けられた一般人です」

そこまで言い、俺は二人の顔を見上げた。
シェリーは不思議そうな顔をして、俺を見ている。
それもそうだろう。トールオークスで助けられたのに何故、未だレオンと行動しているのか。

説明するためにもう一度菜月は口を開いた。

「ちょっと、訳有りなんです……きちんと戦えます」

だから、置いていかないでください。と付け足した。
こんなところで置いていかれてしまったら正直、生きていける自信がない。
敵はともかくとして、迷子的な意味で。

「……んな顔してるヤツを置いていけるかよ」

ぽすんと頭に大きな手が乗せられた。
おずおずとジェイクを見上げると、優しく笑っていた。
強面には似合わぬ優しい笑顔に何故だか涙が浮かんだ。
最近俺、涙腺弱いから、何でも泣ける……うっ。

「お、おい、どうしたんだよ!?」

「ぅ、す、すいません!何でもないんです。ただのしょっぱい汁です!!」

――一般的に考えるとそれは涙というのだが。ジェイクとシェリーの内心はともかく俺は強引に涙を拭う。

どうしてこの世界の人達は皆、こんなに優しいのだろう。
クリスといい、レオンといい、この二人といい。
得体の知れぬ俺に笑いかけてくれる。それだけで嬉しくて胸がいっぱいだった。

涙を拭い、俺はへらりと笑う。

「へっぽこだけど、よろしくお願いします!」

よろしく、と二人が笑いながら返してくれた。
それが嬉しくてもっと笑顔になれた。

コンテナとコンテナの隅にちょこんと四角い穴があった。
恐る恐る覗き込む。

「……深っ……!!」

何メートルあるのか正確な深さはわからないが少なくとも2階くらいの深さはある。
俺は顔を引きつらせ、他の道はないのかと周りを見回した。
しかし、周りは背の高いコンテナが山積みにされており、とてもじゃないが上れない。
と、いう事は此処しか道がない。

「と、びこむの?」

「なんだ?怖いのか?」

当然、というようにジェイクは頷き、怖いのかと意地悪い笑みを浮かべてきた。

怖いか怖くないかで言われると当然ながら怖い。
が、まあウロボロスで強化された身体ならこの高さぐらいなんて事はないはずだ……たぶん。恐らく。きっと。
……下手したら骨折とか、ほら、打ち所悪くて内臓破裂とか……。

そこまで想像して、菜月は考える事を放棄した。
これ以上考えるとグロになる。

「?……先行ってるわよ」

菜月とジェイクを放置し、シェリーがぴょーんと飛び降りていく。
戸惑いなどは一切ない。自分よりもずっと男前なその姿に菜月は感心した。

シェリーが行ったのだから、菜月が尻込みしているわけにもいかない。
ほら、とジェイクに背中を押され、菜月は穴にそろそろと寄る。
やっぱり深い。

「……行かなきゃ駄目ですか……?」

「此処でお留守番でもしてるか?……迎えに来ないけどな」

「デスヨネー……はぁ……」

重苦しいため息を吐き出し、深呼吸を一回。
覚悟を決めなきゃここで踏みとどまっている暇はない。
こうしているうちにも時間は進んでいる。

「えいっ!ちょ、あ、つまづ、う"……ぎゃあぁあああああああ!!!!」

「おいおい、大丈夫かよ……あいつ」

説明しよう。
えいっ!と元気よく掛け声をかけて穴に向かうまでは良かった。
次の瞬間運悪く地面のくぼみに足を取られ、躓いた菜月は穴の縁で顔を打ち妙な体制のまま落下していった。
その一部始終を見ていたジェイクが呆れたように呟いていた。

あああああ、なんていうエコーを響かせながら菜月は落下していた。
ビル二階分の高さはすぐに下にたどり着いた。勿論妙な体勢のままで。

「あああぁああうぐぇぇえっふぅっ!?」

胸部を思い切り強打し、菜月は呻いた。
痛みのあまりに胸を押さえてゴロゴロと右へ左へ転がる。
少なくともじっとして耐えれるような痛みではない。

何この人怖い。そんなシェリーの視線が痛い。
俺は断じて怖い人ではない!という叫びは心の中だけにしておく。

菜月が痛みに呻いている間に軽やかにジェイクが着地した。
やっぱりかなんていう顔をしてジェイクは地面に蹲っている菜月を助け起こす。

「お前ドジだな、あんなところで躓くなんて……」

思い出したのかジェイクさんは口元を押さえて笑いをこらえている。
助け起こしてくれたのには感謝するが、バカにされている気がしてならない。

大分痛みも引いてきた。
菜月はむすっとして、ジェイクからそっぽ向く。
隣でジェイクがまだ笑っているのが雰囲気でわかる。

薄暗い通路を通り、先へ向かう。
青白い蛍光灯だけが通路を照らす。
物音といえば、自分たちが出す足音のみ。

突き当たりの扉を開け、外へ出た。
赤やピンクといったギラギラしたネオンが目に痛い。

「あの河口の先が、クーチェンよ……」

モバイルの地図で確認しながらシェリーが指した。
確かに目の前には大きな川が流れている。
なるほどわかりやすい目印だ。

よし、急ごうぜ、と元気なジェイクに比べシェリーはどうも憂いを帯びた表情を浮かべている。
レオンの言った言葉を気にしているようだった。
今まで信じていた上司が犯人かもしれないといわれて戸惑っているのだろう。

「びびんな。会えばわかる」

「そうだね、会わなきゃ答えなんて分からない」

ジェイクに同調して俺もシェリーを励ます。
シェリーは俺とジェイクを交互に見やり、小さく頷いた。



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