中国へ:02
ハニガンの言葉を頼りに、回れ右をしてコクピットから飛び出した。 ぐらぐらと揺れる飛行機内。躓きそうになりながら、後方へ向かう。 同乗していた客はキャビンアテンダントの指示に従い皆椅子に座っている。 所々で倒れている客もいたが……大丈夫だろうか。
長椅子に寝転がり、顔を押さえている人を横目で見つつ菜月は通り過ぎた。
階段を降り、更に奥へと向かう。
「これ?」
赤いバルブを見つめ、菜月はレオンに尋ねた。 レオンはあぁと頷きそのバルブに手をかけた。 レオンの反対がわを俺が掴む。
「せーのっ!」
小さな掛け声と共にバルブを回す。 重くて硬いバルブだったが、菜月が少し力を込めればくるんと回った。
一番端まで回し終えると、サイレンの音がやんだ。 どうやら、一件落着のようだ。 ふぅ、と息を吐き出して、菜月は額を拭った。 とりあえず、この後は怪我をしただろう客の手当てをした方がいいかなぁ。と考える。
その時だった。
勢いよく天井の一部が抜け、落ちた鉄板が喧しく地面を鳴らす。 ぎくりとして菜月は肩を震わせ、その音の方を見上げた。
――レポティッツァだ。
ボコボコと膨れその一つ一つに穴が開いた目のない顔が此方を見下ろしている。 米神辺りまで裂けた大きな口には人間みたいな歯が揃っている。
「ひ、ぎゃあ!!!」
どしん、と重たそうな身体が菜月の目の前に落ちてきた。 その衝撃にレポティッツァの身体から青いガスが噴出す。 悲鳴をあげ慌てて飛び退き、銃を構える。 少しだけガスを吸ってしまったけれども、問題ない。
……精神ダメージはあるけどね!!
下がってナツキ!、というヘレナの声に菜月はさっと壁の端へと退避する。 と、同時にドンとレポティッツァの足元で爆発が起こる。 大方手榴弾でも投げたのだろう。
しかし、レポティッツァは膝をついただけでまだ倒れてはいない。 それどころか衝撃にガスが噴出し、更に充満する。
「ナツキ!ハッチを開けるレバーを引いて!」
「オーケー……って何処にあるの!?」
ヘレナの指示に返事はしたものの肝心のレバーが見当たらない。 銃声に負けないくらいの大声で聞き返す。
「あそこの赤いアレだ!」
レオンの指した方向には赤い小さなノブのついた扉が壁についている。 赤い扉には"開閉レバー"と白い文字で書かれている。 そこに一番近いのは、菜月だ。
俺は小さく頷きその扉に近づくとノブに手をかけて引っ張った。
「……かたッ!?」
予想以上にそれは硬く閉まっている。 軽く引っ張っただけではうんともすんとも言わない。
遠くでレポティッツァを引き付けていたヘレナが咳き込んだ。 あまり時間は取れないようだ。いつまでも此処に梃子摺っていてはレオン達までゾンビになってしまう。 深呼吸を一回。次の瞬間に一気に力を込めて扉を引っ張った。
バガンッ――
力を込めすぎたせいで扉が取れてしまったが、文句は聞かない。 今はそれ所ではないからだ。
「レバー引くよ!」
レオンとヘレナに声をかけ、俺はレバーを下ろした。 それと同時に菜月は飛行機の凹凸を掴む。 がこん、と音がして赤いランプがつき、徐々にハッチが開き始める。 飛行機が飛んでいる最中にハッチを開けば当然、中のものが引っ張られる。
ふわりとレポティッツァの身体が宙に浮き、飛行機の壁にぶつかりながら外へと吐き出された。
(前も、こんな事あったな……)
あの時は飛行機じゃなくて戦闘機だったけれども。
「ナツキ!レバーを上げれるか!!?」
「うん!わかった!」
風の音がびゅうびゅう鼓膜を打つ。 俺は聞こえないかもしれない、という事も考慮して手で了解を示す。 吹き飛ばされないように注意しながら傍にあったレバーを引き上げる。
ハッチが閉まり、風も止む。 何とか立てるようになったところでタイミングよくハニガンからの通信が入る。
『高度が下がってる!コクピットに急いで!!』
顔を見合わせるやいなや、三人は一斉に駆け出した。 折角飛行機の後部まで来たってのに今度は一番前のコクピット、急がしい事だ。 階段を駆け上がり、客室を抜けようとして異変に気付いた。
「……音が、しない?」
飛行機のエンジン音以外は誰の声も聞こえない。 先程ならば生きている人の不安そうな声が騒がしいほど聞こえていたというのに、だ。 不自然なそれに俺は無意識に銃に手を伸ばした。 こういうときは大抵いい事なんて起こらない。
歩行速度を緩め、そっと角から客室をのぞく。
「……ゾンビになってる……」
覚束ない足取りでふらりふらりと歩く、先程まで人間だったものが客室に沢山いる。 菜月の呟きにレオンが苦虫を噛み潰したような顔をした。 守れなかった事が悔しいのだろう。
「行くぞ」
銃を構え角から飛び出し、コクピットへ向かう。 何度トリガーを引いただろうか。 少なくともマガジン一個は使い果たしているから10回以上は引いただろう。
操縦者がいないせいで、ぐらぐらと飛行機が揺れる。 先程よりも酷い揺れだ。揺れのせいで乱れた机や椅子、物が道を塞ぐ。 面倒だが、回り道をしてなんとかコクピットにたどり着く。
たどり着くと同時にレオンが操縦席に飛びついた。
画面には後部と左の羽が赤く点滅している。 ここがエラーの出ている箇所なのだろう。
『私が指示するからレオン貴方が操縦して!』
ハニガンの言葉にレオンはあぁ、と答え、目の前に広がるスイッチや操縦桿を見回した。
「ナツキ、ヘレナ、ゾンビは任せた」
レオンが操縦している間にもゾンビは来るのだ。獲物を求めて。 ハニガンの指示に従い、レオンが操縦を始めるのを確認してから菜月はしっかりと目の前の敵を睨んだ。
難しそうなハニガンの指示は菜月のインカムにも届いている。 どうやらレオンはしっかりとその指示をこなしているようだ。
「よし!」
レオンのそんな声が聞こえた途端に、酷い衝撃が走り身体が床に叩きつけられた。 思い切りお腹を打ちつけ内臓が口から飛び出しそうになるのを何とかこらえる。 ガガガガガ、なんていう優しい音じゃない、もっと大きな音が爆音と合わさって鼓膜を打ち鳴らす。
暫くその音は続き、それから赤い炎を巻きながら止まった。
「……だいじょ、ぶ……?」
振動が止まったところで俺はお腹を押さえながらも起き上がった。幸い大した怪我はない。 恐る恐る隣に倒れているヘレナを揺する。
「……ぅ、ナツキ……?」
「うん、とりあえず飛行機から出ないと……!」
ヘレナは頭を押さえながら自力で身体を起こした。 見る限り打ち身程度でその他は出血するような怪我はしていないようだ。 ほ、と安堵の息を吐き出して、菜月は操縦席にいるであろうレオンを見た。
「ナツキ、ヘレナ、無事か……?」
何処かぶつけたのかレオンは痛みにこらえるように苦々しい表情を浮かべている。 だが、まあ生きているだけマシだ。
『三人とも無事ね?飛行機から脱出できる?』
インカムからハニガンの声が聞こえてくる。 その声色には少し不安と心配が混ざっている。 インカムを押さえ、大丈夫だ、とレオンが答える。 ほぅとハニガンのため息がインカム越しに聞こえた。
飛行機から脱出しなくてはならない。 辺りを見回し脱出できる場所を探す。 客室へ向かう道には炎が行く手を阻んでいるため通れない。
「此処から行くぞ」
コクピットの割れた窓を指差しレオンが言う。 窓ガラスが刺さるかもしれない危険があるが、道はそこしかない。 レオンがコクピットを踏み、窓から外へ出た。 菜月はへレナを支えながら共にレオンの後を追い同じように外へ出た。
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