- ナノ -



VSブルザク:01

「は、ぁいいいいいいいい!???」

本日何度目かの浮遊感に俺は悲鳴を上げた。
こんなに何度も落ちたら慣れ――る訳もなく、どすんと思い切り胸を打ちつける。
痛さに息がつまり、咽るように咳をする。
埃っぽい空気が肺の中に入った。

立ち上がり、辺りを見回す。

「……ここ、どこ……?」

「ロストワールドへようこそ……だな」

だだっ広い空間が目の前に広がっていた。
足場から下を覗き込み、菜月は引きつり笑いを浮かべる。

――落ちたら、マジで洒落にならねぇ!!

下は白い霧が掛かってしまってその深さを量り知ることができない。
が、下手したら何千メートルもありそうだ。

とりあえず、淵から距離を取り俺は足場を観察する。
ロストワールド、とレオンさんは言っていたが……。
遺跡のようだ。年代は分からないくらい古そうだ。
人が作ったであろうアーチ状の建築物はボロボロで半壊している。

下手したらいつ足場が壊れるかもわからない。

恐る恐るといった調子で進む。
ロストワールドでもゾンビがいるのだから困りものだ。
上のゾンビも大概だったが、此方のゾンビは更にひどかった。
肉は殆どなく、ほぼ骨と皮。後は腐り落ちてしまったのか、腐敗臭が鼻についた。

鼻を手で庇いながら、右手で銃を撃つ。

それがいけなかったのかもしれない。
一歩前に足を踏み出した瞬間、足場が割れた。

「のぉわぁっ!?」

「ナツキッ!」

反射的に残った足場を掴んだのは褒めて欲しい。
慌ててヘレナさんが引き上げてくれてなんとかその場は切り抜けた。

暴れる心臓を押さえて、俺は深呼吸を繰り返す。
息を整えて先へ進む二人の背中を追いかける。

クリス、シェバ、俺、また旅してます。
この途中でまたふたりに会えたらなぁ……無理だろうけどさ。

まだ諦めきれない自分に苦笑しつつ、足を動かす。
ゾンビを倒しつつ、進むとつり橋があった。
しかも、その先にはとんでもなくデブいゾンビが突っ立っている。
ついでに言うとつり橋は先ほどのものよりも年季が入っていてボロボロ、板と板の間には割りと大きな隙間がある。
進むのにはいささか不安があるぼろさだ。

「レオンさん、あのゾンビ……狙撃できませんか?」

「あぁ、やってみる」

ライフルを構えて、つり橋の向こうの巨漢――ウーバーを狙撃する。
ウーバーは足を狙撃され、身体のバランスを失い後ろに倒れる。
ウーバーの背後に道はない。

あ、と声を上げたのは誰だったか。
あっという間にウーバーは深い谷底に落ちて見えなくなった。
なんだか少し可哀想に見えて、心の中で合掌した。

邪魔なデブがいなくなったところでそろそろとつり橋に片足を乗せる。

ギシ……――

嫌な軋みに冷や汗が伝う。
張られたロープを握り締め、既にがくがくの足腰を動かす。

「ほら、ナツキ、手を掴め」

「あ、ありがとうございます!」

手を差し伸べてくれたレオンさんが救世主のように見えた。
レオンさんの手を握り、そして――後悔した。

「ブッ――!?」

次の瞬間レオンさんはこれでもかとダッシュしていた。
その勢いにぐらぐらと揺れる足元。
手を握られているせいで止まるに止まれない。というか、逆に止まると怖い。

危なっかしく左右に揺れるつり橋に恐怖を感じながらも、足は止まれない。
菜月は既に泣いていた。

そんな体験を何度か繰り返し、岩の前にきた。
普通の岩ではない。身の丈以上もある岩だ。
岩に手をかけ、レオンさんが振り返る。

「え、それ、押すの?」

俺の問いかけを無視し、ヘレナさんとレオンさんが力いっぱい押す。
どんな力が働いたのかしらないが、ちょっとずつ岩が動きごろんと転がり落ちた。

――いや、いやいやいや……どんな馬鹿力ですか……。

ふたりの驚くべき力に引きつり笑いを浮かべた。
エージェントだからって幾らなんでもこんなことまでできるの可笑しいだろ。

まあ、それはさておいといて先へと進む。
落ちるのが怖くて、ばっちり道の中央を歩く。

クランクが両端についた跳ね橋がある。
クランクを回して橋を下ろすタイプのようだ。
橋を下ろすためにクランクに手をかけた。視界に何かが通り過ぎる。

「え?」

足元にぱちぱちと火のついた筒が転がっている。
一瞬硬直。見る見るうちに顔が青くなるのを感じた。

「のぉぉおおわあああぁああ!!?」

足元の"ブツ"が何か理解した瞬間、菜月は筒を蹴り飛ばす。
カンマ1秒、爆発する。

ドォォオオオン!

その余波で足元が崩れる。
傾いた地面を転がるように滑り落ちた。

「うぶ、」

顔を地面に打ちつけ、呻く。
今日は落下と打撲が多いなもう……。

レオンさんとヘレナさんはそんな俺をよそにうまく着地している。

どどど、と地面が振動している。
二人と顔を見合わせ、一斉に駆け出した。
徐々に足場が崩れていく。焦りと緊張が呼吸を浅くさせてしまって、息が切れる。

足元の注意がおろそかになったせいで、何かにスニーカーの先が引っかかり身体が前に傾く。

「わっ――」

悲鳴を上げるよりも前に足元がなくなる。
二人が振り返り、俺の名前を呼んだ。
重力に引っ張られて下に落ちる身体に、死を覚悟した。

「諦めるなっ!」

「れ、レオンさん……!」

寸でのところでレオンさんが腕を掴み、落下は免れた。
しかし、ここも危険なことには変わりない。
このままではレオンも菜月も共倒れになってしまう。それだけは避けたい。

「だ、だめですって……」

「絶対引き上げてやる、ナツキも一緒にここから出るんだ」

弱音を吐く俺をレオンさんが必死に持ち上げる。
こんなにレオンさんが頑張っているのに、俺が頑張らなければ意味がない。

俺は歯を食いしばり、手に力を込めた。

「うおぉおお!!」

自分の中のウロボロスの力を解放させる。
赤く目が染まった自分がレオンさんの目に写ったけれど、今はそれどころじゃない。
レオンさんの力もあいまって、俺の身体は何とか持ち上がる。

「レオン、ナツキ、早く!」

礼を言う暇もなく俺達は足を動かした。
何とか崩壊しない足場まで来て、ほ、と息を吐き出す。

「ありがとうございます……」

隣で荒れた息を整えているレオンに礼を言う。
深呼吸をして来た道を振り返る。既に道は崩れ落ち何にも見つからない。

神殿のようなところに入ろうとしたときだった。
壁から水が飛び出してきた。

ドドドドドドドドド――

地響きと振動が徐々に大きくなり、上からバシャと大量の水が流れ落ちてきた。

「うわぁっ!?なが、れっ――」

あっという間に水は勢いを増し、俺達を巻き込み流れを作る。
口の中に水が入らないように呼吸を浅くし、俺は身体を堅くする。

ウォータースライダーのような感じでひたすらに流れていく。
岩肌のせいで尻が痛い。

2、30メートル流れたところで、突然流れが途切れ宙に投げ出された。
と、思ったら水に叩きつけられる。

どぷんと水の中にいきなり沈められ、俺は息を止める。
俺の前をレオンさんとヘレナさんが泳いでいる。
どうやら沈んだ遺跡の中を泳いで進むようだ。

息を止め、手で水をかいて進む。

途中に天井に穴が開いており、そこで酸素を補給してなんとか溺死はせずにすんだ。
かなり奥まで泳いできた。酸素を補給するため俺達は僅かな隙間で息をついていた。

「疲れた……」

「そうね……」

俺の言葉にヘレナさんが同意してげっそりした顔をした。
レオンさんも何も言わなかったがその顔は疲れている。

「え……?」

何かが足に触れたような感覚がして俺は驚いて小さな声を上げた。

「ぬぉわっ!?」

ぐん、と引っ張られ、俺は水の中に引き込まれた。
突然のことで口の中から気泡が大量に飛び出す。
ヤバイと思ったが、後の祭り。身体の酸素がなくなりかなり苦しい。

凄い勢いで泳がれているらしい。

『〜〜〜〜〜っ!!』

鮫の口の中で必死に食べられないように手で鮫の上あごを押さえる。
ほとんど口の中に入った状態だが、中途半端なところにいて牙が刺さるよりかは充分マシだ。

口を開かずに歯を食いしばり、とりあえず鮫の口の中から出るための策を考える。

『〜〜〜〜〜!!(おりゃああああああ!!)』

思い切り上あごに力いっぱい殴る。が、水の中だからか100%の力を出せない。
余り効いていないようだった。
心の中で舌打ちをしつつ、第2の策を実践する。

頑張って口の中から手を伸ばし、口のすぐ上についたつぶらな瞳に向けて拳を振り上げた。

『ぎゃぁおおおおおっ!!?』

鮫が苦しそうに悲鳴を上げた。
その隙に口の中から脱出する――が、鮫は獲物を逃がさんとばかりに足に喰らいつく。
ぐさりと鮫の牙が足に突き刺さり、水に赤色が混じる。

『ぅぐっ……っ』

足が引きちぎられるんじゃないかと思うほどの激痛に呻く。
悲鳴を上げたかったが、水の中では思うように声も上げれなかった。
噛まれた足を押さえ、痛みをこらえる。

痛みに目を細めながら、レオンさんたちを見る。
レオンさんが鮫の口元で銛を振り上げていた。

――ドッ

『ぎゃぁおおお!!!』

ばっと俺は鮫の口から離されて吹っ飛ばされる。
ついでに言うと再び何らかの遺跡に飛び出したらしい。
広い空間に辿り着いた。

俺とヘレナさんは水の上ではなく地面に飛ばされた。レオンさんは運悪く水の上だ。

「っつぅ……――」

歩き出そうとして、右足の痛みに蹲る。
履いていたジーンズに牙の数だけ穴が開き、その周りは赤く染まっている。

傷は痛いが暫く放っておけば、治るはずだ……たぶん。

「ヘレナ!ナツキ!援護してくれ!」

遠くから聞こえたレオンの声に菜月とヘレナは慌ててそちらを見た。
先ほどの鮫がしぶとくまだレオンを食べようと大口をあけている。

慌てて援護しようとハンドガンに手を伸ばしたが、ヘレナさんに止められる。

「ナツキはゆっくり歩いてきて!援護は私がするわ!」

「あ……お願いします」

流石にこの怪我で援護を出来る気もしない。
菜月はその場に座り込み、傷口を手で押さえて止血する。
手が真っ赤に染まり、地面にも血が伝う。

「……治れ〜なお〜れ〜なおれっ」

小さな声で呪いの様に"治れ"という言葉を繰り返す。
じわりと傷口に熱が集まってくる。

新陳代謝が盛んになり、強制的に傷がなくなっていくのを感じる。
見るのは怖いから手で押さえて傷が見えないようにする。
――見てしまったら、バケモノってまた分かってしまいそうだった。

「ナツキ!こっちにこれる?」

「あ、はい!」

ほぼほぼ傷が治ったところで声を掛けられた。
ヘレナさんに返事をして、菜月は立ち上がる。
もう足に違和感はない。歩いてももう問題はないだろう。

走って行くと怪しまれてしまいそうだから、少し早く歩くぐらいに留める。

「お待たせしました」

「いや、傷は大丈夫か?」

「はい、平気です。俺、普通じゃないんで」

へらりと笑ってレオンさんを見る。
俺の言葉にふたりは不思議そうな顔をしたが、笑顔で黙殺した。

とりあえず、とレオンさんは自分の背後にあった鉄柵に手をかけた。
俺も一緒になって動かそうとするが、重くて動かない。
壊れて岩やらが乗っかっているせいだ。

僅かにできた隙間に俺とヘレナさんは身体を滑り込ませる。
後はレオンさんだけだ。両側から力を込めるが、やはり重い。

「レオンっ!」

ヘレナさんが叫ぶ、レオンさんの背後には鮫が大口を開けて此方に飛び掛っているところだった。
不意に手を引かれて、俺は後ろに倒れ込んだ。

バシャン――再び水の中に沈み込んだ身体に俺は内心でため息をついた。
落下に打撲に続いて今度は水難か……ため息をつかずにはいられない。

「ナツキ!気をつけろ来るぞ!」

レオンさんが怒鳴るように俺に声を上げた。
あたふたとガンホルダーからハンドガンを取り出して目の前の鮫に狙いをつける。
ウォータースライダー状態のせいでうまく狙いをつけれない。

どうやら鮫は口の中の舌らしきものが弱点らしい。
舌に当たった瞬間に怯んだ様子を見せる。

長い長いスライダーを流れていく。

「アレを撃て!」

転がってきたのは火薬のマークがかかれた樽。
火薬樽が丁度鮫の口元に来た瞬間に俺はハンドガンのトリガーを引く。

タァン――

真っ直ぐに弾が樽を貫く。
それと同時に鮫の口元で大爆発が起こる。

爆煙で鮫が見えなくなった。
暫くまだ来るかとひやひやしていたが、もう鮫の影は見えなかった。
しつこい鮫だったが、漸く倒れたらしい。

ほっと息をつくと同時にウォータースライダーが途切れ、身体が宙を舞う。

「息を止めろ!」

レオンの指示に菜月は息を止め、目を堅くつぶった。

ドポンッ――再び水の中に突っ込まれた。
その衝撃で口からいくらか空気が抜けていったが、先ほどよりマシだ。
とりあえず上に向かって泳ぐ。

「よし、ナツキもいるな」

菜月よりも先に出ていたレオンが頭数を数えて安心したように頬を緩めた。
頭上に2機の戦闘機がどこかへ飛び去った。

数分もないうちに飛び去った方角でオレンジ色に光った。
その様子に俺はぽかりと口を開けた。嫌な光だった。

平泳ぎで岸まで泳ぎ、水からあがる。
まだ、オレンジ色の光は消えなかった。

「滅菌作戦……」

「ヤツはこれで証拠をすべて消し去った……」

暗い顔をする二人を俺は黙ったまま見つめた。
気の利いた言葉なんて馬鹿な俺には思いつかない。

ふたり一斉に耳を押さえた。どうやら通信が入ったらしい。
俺には声が聞こえないが、なんやらふたりの顔は深刻そうだ。

あんまり深入りしない方がいいのかな、なんて余計な気を利かして俺は岸辺に座り込み水面に意識を向ける。
でも、やっぱり声は耳に入ってくる。

「――俺達ふたりを死んだことにできるか?」

レオンさんの言葉に俺は眼を見開いて振り返った。
レオンさんは真剣な顔をしていた。本気のようだ。

咎めるようなヘレナさんの言葉も聞かずに、レオンさんは言った。

「中国へ乗り込む」

その言葉に俺は立ち上がり、に、と笑った。

「俺も行くよ」

レオンさんは小さく頷いて、未だに明るい向こうの空を睨んだ。


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