- ナノ -

のびのびとした日常



拝啓、異世界のお父様、お母様、いかがお過ごしでしょうか?
由希はまあまあ元気です。

マンホールから落ちたと思ったらアビスの世界にこんにちは。
気付けばブウサギになっており、殺されそうになったところを偶然ピオニーに助けてもらった。
ラッキーなのかアンラッキーなのかよく分からないが、ラッキーなんだと思う。多分。

グランコクマの宮殿の中をとことこと歩く。
少なくともここで私に危害を加えるものはいないため、安心して歩ける。
首もとにはきらきらと宝石の散りばめられた首輪が光っている。
そこに付けられたタグにはジェイド、と掘り込まれているんだと思う。
思う、と言ったのはそこに書かれている文字がくるくるとうねった恐らくフォニック文字だったからだ。

音譜のようなその文字にしみじみと書くのが大変そうだなぁなんて客観的に考えたのは少し前。

ブウサギの視線から見るアビスの世界は全てが大きく見えた。
私の隣を通り過ぎるマルクト兵も、メイドも皆遥か頭上に顔がある。
首をめいいっぱい上げてその顔を一人一人見ていたが、疲れたので途中でやめた。

「ぶぅ……(ドア……)」

目の前に立塞がる大きな扉に二の足を踏んだ。
さて、どうするか。今日はこの向こう側を探索すると決めたのだ。
誰かが通るのを待ってもいいが、それだとその間暇だ。

くるりと首だけを動かして背後を確認する。

誰もいない。

仕方ないな。と息を吐き出し、ドアノブに視線を移した。
丸いノブではなく、軽く捻るだけで開く棒状のノブだ。
これならジャンプして押せば開けれるだろう。

(……よし!)

気合を込めて、四肢に力を込め跳躍した。

かちゃ。

私がノブを捻るよりも前に、扉が開いた。
誰かが向こう側から開けたのだ。
まずい、と思ったときにはもう遅い。身体は既に宙に浮いている。
ブウサギの私が体勢を整えれるわけも無い。

「ぶ、ぶぶうぶうひぃいいい!!!?(ご、ごごめんなさぃいいい!?)」

奇妙な鳴き声を上げながら、私はまるまると太った(非常に不本意だ)身体を扉を開けた人物にたたきつけた。
突然のブウサギの突進に相手も対処できなかったのだろう。ぐらりとその身体が傾き、そしてどしんと倒れた。

「……まったく、突然なんですか」

「ぶ、ぶぶひぃ!?(じぇ、ジェイド!?)」

私が思い切り押し倒した相手はジェイドだった。
ジェイドは衝撃でずれた眼鏡を直しながら面倒そうにため息をついた。
思わず名前を叫んだが、それがジェイドに伝わるわけが無い。

それにしても、色が白いし、少し釣りあがった形の良い目に……柳眉っていう眉ってたぶんこういうのを指すんだと思う。
ぽけっとジェイドの顔を観察していたのが駄目だった。

「邪魔です」

「ぶひっ!?(いたっ!?)」

べちょ、とジェイドに思い切り落とされ、尻を強かに打ち付けてしまった。
私は少し涙目になりながら、恨めしげにジェイドを見上げる。
ジェイドはといえば私の目線なんかには興味も無いようで、ぱんぱんと青い軍服についた埃を払っている。

「まったく私の名前を付けられたのでしたらもっと利発にしてください」

無理です。とは思ったものの、とりあえず、ぶひ、と返事らしきものをする。
すると、おや、なんてジェイドは笑い、私の傍に屈み込んだ。

「此方の言葉を理解しているのですか?」

「ぶひっ!!(分かるよ!)」

ぴょこ、と立ち上がり私は元気よく鳴いた。
ついでに片手をちょんと上げてみせる。……バランスが悪くなって尻餅をついてしまったけれども。

ジェイドは私の反応にきょとんとして、それからくすりと綺麗に笑った。

その顔があまりにも綺麗で私は思わず見ほれてしまった。



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