- ナノ -

禁書の内容とこれから




何故だかよく分からない。
人間に戻ったと思ったら、ブウサギに逆戻りしてしまった。
あれから一晩が過ぎ、何とか皆落ち着いた。

ガイは私が女だという事を知ってから、あまり近寄らなくなった。
近づいた時にまた戻られたらとか思っているんだろう。
気持ちは分からないでもないが、少し淋しい。
代わりにといってはなんだが、ティアやナタリアといった女性陣が私を気にしてくれるようになった。
今まではブウサギだからか何だか知らないが、ティアはともかくナタリアはまったく近づいてくれなかった。
だから、今回の件はある意味では嬉しい。まあ、ある意味では悪いのだが。

ちらり、と私は宿屋のロビーに置いてある椅子に腰掛けるジェイドを見た。
ジェイドは此方の視線には知らん顔し、優雅に紅茶を啜っている。
なんとも様になっている。型にはまっているというか、絵画のようというべきか。

それはさて置いて、何故皆宿屋のロビーでのんびりしているかというと、ルークが起きてこないのだ。
単に寝坊しているだけなのだろうが、皆起こさない。
というのも、ガイが最近ルークの奴、頑張ってるから少しぐらい寝かせてやろうぜ。と言ったからだ。

以前の長髪ルークはそりゃあもう酷かっただろう――実際に私は見たわけではないが。
ゲームであれだけ酷かったのだ。何となくイメージは分かる。
そんな彼がここまで変わったのだ。以前の彼とは全然違う。
積もりに積もる疲れもそろそろピークだろう。
自分では疲れていないと思っていても案外ストレスやらは気付かぬうちに溜まるものだ。
とはいえ、私達にはのんびりしている暇などそうないのだけども。

――チッ

アッシュが不機嫌そうに舌打ちをした。
眉間には皺が寄っている。ルークと同じ顔の筈なのにまったく違うように見える。
アッシュは壁にもたれ腕を組み、爪先でたんたんと地面を同じ速度で叩いている。
寝坊、にも限度はあるが、ルークはずっと走りっぱなしなのだ。少しくらい寝坊したっていいと思う。

「ぉ、おはよう、皆。起してくれたら良かったのに……」

部屋から出てきたのは少し髪を跳ねさせているルークだ。
寝坊したのを気にしているのか、気まずげな表情を浮かべながらルークは後頭部を掻いている。

「お前が疲れてるから休ませてやろうと思ってな」

「でも、時間が無いんだから……」

「いーんだよ。ちょっとぐらい休憩したって全然問題ない」

それに倒れた方が困るだろ?
ガイに言いくるめられ、ルークは納得いかなさそうな顔はしたがそれ以上何も言わなかった。
私もガイに賛同するように、ぶひーと一声鳴いてルークの足元に擦り寄る。
ルークはガイ、私そして、全員の顔を見渡し、困ったような照れたような顔でありがとう、と呟いた。

「では、分かった事を話します――……魔界の液状化の原因は、地核にあるようです」

全員が揃ったのを見回し、ジェイドが話し出した。
由希もジェイドの話に耳を傾ける。

「地核?記憶粒子が発生しているという惑星中心部の事ですか?」

「はい。本来静止状態にある地核が激しく振動している。これが液状化の原因だと考えられます」

ナタリアの問いかけにジェイドは小さく頷き、簡潔に答えた。
ジェイドの言葉はいつ聞いても分かりやすくてありがたい。私みたいなバカでも分かる。
ふむふむと頷くように由希は首を縦に振る。

じゃあ、どうして、と今度はティアが不思議そうな顔をする。

「ユリアシティの皆は地核の揺れに対して何もしなかったのかしら」

「ユリアの預言に詠まれてねーからとか?」

ティアの疑問にルークが答える。
難しい顔をしながら、それもありますが、とジェイドが続けた。

「一番の原因は揺れを引き起こしているのが、プラネットストームだからですよ」

プラネットストーム。惑星燃料供給機関の事だ。
地核の記憶粒子が第一セフィロト・ラジエイトゲートから溢れ出し、第二セフィロト・アブソーブゲートから、地核へ集束する。
ティアがルークに簡単に説明しているのを由希は自分の頭の中の知識とあわせていく。
此処へ来てから随分時間が経つため、ゲームの知識も大分薄れてしまっている。
大まかなストーリーは覚えているが細かな設定は頭の中から飛んでいる。

当初はプラネットストームで地核に振動が生じるとは考えられていなかった、実際振動は起きていなかったのでしょう。
ジェイドがくいと眼鏡のブリッジを人差し指で上げ、小さく息を吐き出した。

「しかし、長い時間をかけてひずみが生じ地核は振動するようになった」

地核の揺れを止めるためにはプラネットストームを停止するしかないが、
プラネットストームが止まってしまえば、音機関も動かず、譜術も効力が弱まる。
つまるところ、プラネットストームを止めずに地核の揺れを止めれば万事オッケーな訳だ。
確か、ジェイドが読んだ禁書にはその草案が書かれていたはずだ。

「セフィロトの暴走が分からない以上、液状化を改善して外殻大地を降ろすしかないでしょう。もっとも、液状化の改善には禁書に書かれている音機関の復元が必要です」

この街の研究者の協力が不可欠ですね、とジェイド。
それに否定的な言葉を出したのはアッシュだ。

「だが、この街の連中はみんな父上とヴァンの息が掛かっている」

「……ち、父上ぇ……!?」

アッシュが"父上"という言葉を使ったのが信じられないのかルークがぎょっとした顔をした。
まあ、普通に考えて実際アッシュのお父さんな訳だから、使ってもおかしくは無いのだけれども。
どうもアッシュが言うと何だか似合わない。

「……何だ!?何がおかしい!!」

ルークの反応にアッシュが眉間の皺を一本増やし、ぎろりと睨み噛み付く。
ぎりぎりとにらみ合う二人ににまにましながらアニスがやっぱり貴族のお坊ちゃまなんだ、とアッシュをおちょくる。

「チッ……!」

不愉快そうに舌打ちをひとつ。アッシュが由希達の輪から離れていく。
それに由希は苦笑し、本当に短気なんだからなぁ……と思う。
散歩だ、と怒鳴るように言い、宿から出て行ったアッシュの背中を眺めた。

アッシュの言葉を聞いていた、ティアが眉を下げる。

「アッシュの言うとおりなら、研究者達の協力を得るのは難しいのでは……?」

「いや、方法ならある。ヘンケンっていう研究者を探してくれ」

ガイのその言葉で、私たちはヘンケンという名の研究者を探すことになったのでした。



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