ガイの日記。
で。と仕切りなおすようにジェイドが少女を見下ろし、口を開いた。
「貴女のお名前は?」
「ジェイド……です、けど……」
「……」
ジェイドが沈黙した。
ブウサギだったジェイドが、黙り込んだジェイドにびくりと怯えたように小さくなる。
どう見てもジェイドが子供を虐めている図にしか見えない。
「貴女はブウサギになる前は人間だったと先程仰っていましたね。という事はそれとは別に名前があるはずです」
前の名前がジェイドだと言うのなら何も言いませんが。とジェイドはわざとらしく肩を竦める。
その赤い眼はまったく笑っておらず、少女を疑うように鋭い光を放っている。
「由希、です……」
――由希。少女が俯きながら蚊の鳴くような声で答えた。
このオールドラント中を探してもいなさそうな不思議な響きだった。
俺は心の中で少女の名前を復唱した。
――由希。
肩くらいまでの長さの黒い髪に、吸い込まれそうな黒い瞳。
特別美人というわけでも、可愛いというわけでもない顔つきだ。
だからといって、不細工というわけではない。良い意味でも悪い意味でも普通の少女だった。
全員分の視線を小さな身体に受け、由希は居心地悪そうに視線を彷徨わせる。
「では由希。貴女は陛下を殺すために雇われた間者ですか?」
「!」
そういえば由希は陛下のペットだった。
ただのブウサギであれば問題ないだろうが、由希は人間だ。
平凡そうな由希が陛下を殺すとは思えないが、人は見た目ではない。
ジェイドの問いに由希は驚きに目を丸くしてから首を横にふる。
その度にブウサギである耳がぴょこんぴょこんと揺れる。
「違います!絶対!私は、そんな事、しません!」
きっぱりと由希は答えた。
しかし、ジェイドの疑うような視線は変わらない。
「……ふむ、ではブウサギになった原因に心当たりは?」
「、わかり、ません……」
「そうですか」
ずれてもいない眼鏡を慣れた動作で上げる仕草をする。
淡々とジェイドは由希に質問を投げかけていく。
俯いていた由希が突然顔をあげる。
少しの怯えと、でも確かな意思のあるその表情。薄桃色をした唇が開けられる。
「私!陛下にも!皆さんにも、絶対に危害は加えません!絶対です!誓います!」
由希は床に摩り付けるほどに頭を下げる。黒い髪が床に流れ落ちる。
誰もがそんな事をするとは思いもよらず、目を見開き少女を見つめた。
あのジェイドですら驚いているのかいつもより目が大きい。
「あ、貴女……ほら顔を上げて!」
傍にいたティアが由希を起こそうとするが、由希はそれを振り払いずっと頭を下げている。
「ふぅ……、分かりました。その言葉を信じましょう」
ジェイドのその言葉で由希はゆっくりと顔を上げた。
赤く泣きはらした目は見ていてとても痛々しい。
由希はまた目じりに涙を浮かべながら、嬉しそうに口元を緩めた。
「ありがとう、ございます……ジェイドさん……!」
笑った顔はとても綺麗で、可愛くて、素敵だった。
ばふん。いや、ぼふん、だったかも知れない。
突然由希を中心として煙幕のような煙が巻き起こる。
完全に不意をついたそれにティアやナタリアが小さく悲鳴を上げた。
俺はもしもの時のために、剣を握る手に力を込める。
思った以上にすぐに煙は晴れた。
部屋の中央にはピンクの二本の耳がちょこんと立っている。
シーツを被ったブウサギがぶぅと一声鳴いたのだった。
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