- ナノ -

あ、ども、初めまして?ジェイドです。




宿屋――いや、ベルケンドに響き渡った悲鳴に歴史書を読んでいる筈のジェイドまでがルークとガイの部屋に駆け込んだ。

「ふむ、無理に連れ込むとはやりますね、ガイも」

「いやいやいや!そんな訳ないだろ!」

ため息混じりにおどけたジェイドにガイは全力で否定する。
ルーク達の中央にいる私はベッドのシーツを頭から被り身体に巻きつけ縮こまっていた。
誰もがガイを半目で見ている。が、彼の体質上、女の子を連れ込むなど到底無理。

「だから言ってるだろ!ブウサギの!ジェイドが!突然、こうなったんだって!」

「……言い訳がましいですわよ」

ジト目でナタリアがガイを責める。
まあ普通ブウサギが人間になる、なんて考えないだろう。
本当のことを言っているのに責められているガイが何だか不憫だ。
しかし、この空気の中声を出すのは、勇気がいる。

おどおどと彼らの顔を見渡しながら、口を開けたり閉じたりを繰り返す。

「とりあえず、彼女から話を聞くのはどうですか?」

ガイを責めてばかりでは埒が明かないと感じたらしい、ティアが此方を一瞥してからため息混じりに言う。
そうですわね。ナタリアが同意し、全員の視線が此方を向く。
ぐっさりと突き刺さる全員の視線に私は更に身体を小さくする。

「で、本当のところはどうなんです?」

中々話さぬ私に痺れを切らしたのか、面倒そうにジェイドが問いかけてきた。
此方を睨む赤い目が私を貫く。いつ見ても心の中まで見透かしそうな赤い眼は怖い。
赤い眼から逃げるように俯いた。

沈黙が空間を支配する。

責め立てるような無言の空間が、心に重く圧し掛かる。
何か、何か喋らなくては……。

「……ぁ、の……」

上手く言葉にできない。

「……そ、その……」

ジェイドが鬱陶しそうにため息をついた。
怖くて私はまた俯く。

「怖がらなくていいわ、私達は別に貴女に何かしようなんて思っていないから」

私の傍に歩み寄り、ぽすんと頭に手が乗せられた。
覗き込む青い瞳が優しく細められる。
穏やかな声色に荒れた心がだんだんと静まっていく。

「わた、し……私、じぇ、いど、です……ブウサ、ギの……ジェイドなんです」

哀しくなんかないのに、何故だか涙がぽたぽた落ちてくる。
え、と誰かが息を呑む音がした。

「でも、私、本当はブウサギ、なん、かじゃ、なくて……にん、げん、で……」

本当に訳が分からなかった。
どうしてブウサギになったのか、私には分からない。
トリップしたら、ブウサギになっていた。

「……いつ、の、まにか……ぶうさぎで……ジェイド、って、名づけられて……わかんないの……!」

最後の方は涙声で、自分でも何を言っているか分からなかった。
規則正しく撫でられる背中に、私は嗚咽を漏らしながら涙を流す。

誰も何も言わない。

ただただ私の嗚咽だけが部屋に響く。
ぱさりと被っていたシーツが取り払われ、視界が広がる。
目の前にはジェイドが立ち、此方を見下ろしている。

「ふむ、貴女がブウサギだという事は認めましょう」

「――っ!?」

青い手袋に包まれた手が此方に伸ばされる。
反射的に目をつぶる。

耳を触るくすぐったさに私は顔を歪め、片目を開けた。
まだ手は伸ばされているが、それは人間の耳の位置ではなく随分上の――頭の上に伸びている。
でも、耳を触られている感覚はあるのだ。

不思議そうな顔をして見上げていると、ジェイドはくすっと笑う。

「気付いていないようですが……耳はブウサギのままですよ」

「へっ!?嘘っ!?」

驚きに涙も嗚咽も引っ込み、私はばっと両手を頭の上に伸ばした。
ふにっと柔らかいものに触れる。ぴょこんと頭から伸びる二つのモノに私はぽっかりと口を開けた。
猫耳でも、ウサ耳でもなく、ブウサ耳……!

「ぁ……!」

ガイの喜びの混じったその声に私は意識をそちらに向けた。
頬が赤く染まっている。ついでに言うとその隣にいるルークは手で目を覆っている。

「貴女!……その、見えて、ますわよ……」

「え!?っきゃぁああ!?」

耳に気をとられシーツが剥がれ落ち、胸辺りが露出してしまっていた。
私は真っ赤になりながらシーツをぎゅうっと身体に巻きつける。

「いやぁ、なかなかいい眺めで」

「……ぅぅう……」

へらへらと笑う目の前に立つ大佐に私は恨めしげな視線を送った。
そんな視線はひょいと避けられてしまったが。


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