初!お風呂!
夕飯を終え、それぞれ宿屋のロビーでのんびりとしている。
私もそのうちの一人だ――いや、一匹だ。
宿屋のひんやりとした床に顔をつけ、涼んでいるとガイがこちらに寄ってきた。
「そういや、お前大分汚れてきたよなぁ……」
「イニスタ湿原を越えたし、泥まみれだよね、ジェイド」
ブウサギになってから随分経ち、すっかり風呂に入る習慣を忘れてしまっていた。
精々身体を濡れたタオルで拭いてもらう程度だったし。
初めの内は風呂に入りたいと思っていたが、時間が経つにつれてどうでも良くなっていた。
アニスが私の背中をぺんぺんと叩く。
その度に乾いた泥がぱさぱさと由希の身体から落ちた。
「よし、時間があるし俺がジェイドに風呂に入れてやるよ」
「ぶひぶひっ!(やったぁ!)」
私は単純に久しぶりに風呂に入れる事に喜んでいた。
よしよし、とガイが笑いながら部屋に向かう。
ガイはバスタオルとタオルを数枚用意し脱衣所に置くと、私を風呂場に入るよう促した。
「先に入っててくれ。俺は準備があるからな」
ぶひー。と返事を返し、私は開けられた風呂場に入った。
トイレと一緒になってて、浴槽のところにシャワーがあるユニットバス、というものだ。
イメージどおりというか……オールドラントには湯船につかるという習慣はないようだ。
スパは水着を着て入るものだから、お風呂とは違うんだよね。
ふぅ……と私はため息をつき、その場に座り込みガイを待つ。
「ジェイド、待たせたな」
風呂場の扉が開けられ、ガイが入ってきた。
私は待ってましたとばかりに立ち上がり、振り返った。
………………
…………
……
私は、私は、何も、見ていないっ!!と、思いたい。切実に。
「よし、ジェイド風呂に入るぞ!」
よし、じゃない。今、私の心は大荒れだ。
がっしりと鍛え上げられた腕でつかまれ、逃げる事も叶わない。
ど、う、し、て、お前まで裸なんだよおぉおおおおお!!!!??
うっかり振り返ってガイの、その、下……息子、jr、またの名、ビッグマグナム……なんて、見てないからな!!
そんなもの全部抹消だ!記憶からデリートだ!消去だ消去!
消しゴムでノートの落書きを全力で消すような動作を頭の中で何度も繰り返す。
そんな私の内心は知らず、ガイはにこにこと笑いながら私を浴槽の中へいれシャワーを持ち、水栓を捻る。
ガイは暫く排水溝にシャワーを向け、水温が上がるのを待っている。
何度か手で水温をチェックしてから適温になったのかにっこりと笑った。
「掛けるぞ〜」
声を掛けてから、ガイは温かいシャワーを全身に掛けてくれた。
身体についた泥が徐々にお湯と一緒に流されていく。
変化が起きたのはそれから数秒の事だった。
めきりと、身体の中心が軋むような感覚がして、激痛が全身に走る。
訳の分からない痛みに悲鳴も呻く事も出来ずに硬く目を閉じた。
痛みが止まるまで、どれくらいの時間が経ったのか分からない。
徐々に弱くなった痛みの波に片目を開けた。
目の前にガイの顔が見えた。
その顔には恐怖が描かれている。
「う、うわぁあああああああああぁあああ!!!!?」
「ひっ!?きゃああああぁああああああああ!!!?」
突然叫ばれて、つられるように私も悲鳴を上げた。
二重の悲鳴が風呂場に、宿屋に響き渡る。
ガイは私から飛ぶように退くと背後にあった洗面台にしがみ付く。
「どうしたんだよ!?ガイッ!?」
「じぇ、じぇ、じぇいどがっ!女にッ!?」
「はぁ!?意味わかんねぇぞ?」
ぷるぷると震えた指先が私の方を向く。
飛び込んできたルークが訝しげな顔をして、ゆっくりと此方を向いた。
そして訝しげな顔が、驚きの表情に変わるのに数秒もいらなかった。
「はぁああああああああぁああ!!?」
「え、えぇえええ!?」
再び響き渡る叫び声に私も戸惑いを隠せない。
いや、ちょっと待て、と私は焦りながらそろそろと手で顔に触れた。
ブウサギの短い手では顔には触れれなかった。
そっと視線を手のひらに移す。
いち、に、さん、よん、ご――ちゃんと五つあるすらりと伸びた指に肌色の肌――人間の手だ。
人間に戻った!何がきっかけだったのかは分からない。
だが、人間に戻れたという奇跡に由希は嬉しさのあまりばっと立ち上がった。
久しぶりに二足歩行が出来る!
だから、気付かなかったのだ。
「うわっ!?おま、おまっ……」
自分が、
「ふぁっあぁあ!!?」
裸だという事に。
真っ赤になった二人の反応に疑問を覚える。
ルークは茹蛸のようになったまま固まっている。
ガイにいたっては鼻を摘んで、何かを必死に耐えている。
ゆっくりと視線を自分の身体に、向けた。
顔に熱が一気に集まるのを感じる。
「きゃぁあああああああああああああ!!!変態ッ!!!」
叫んだ私は決して悪くはない。絶対。
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