- ナノ -

逃げろっ!




ティアの譜歌は凄いと思う。
というか、ユリアの譜歌が凄いと言った方が正しいのか。
城内にティアの歌声が響き渡り、あっという間に兵士達は眠ってしまう。
バタバタと駆けてルーク達がいる部屋に駆け込んだ。

――ガシャンッ

ガラスの割れるような音が駆け込むと同時に響いた。
ワイン瓶の中身が床にじわりじわりと広がり、絨毯にシミを作っていく。

(毒だ……)

私は鼻先がぴりぴりする刺激を感じ、数歩その液体から離れ顔を顰めた。
ナタリアとルークが飲む様に迫られたモノ。
あまりにも酷すぎる。ルークは確かにアクゼリュスを滅ぼしてしまったけれど。ナタリアは確かに陛下の血を引いていないけれど。
でも、そんなの。あんまりだ。

ナタリアの陛下に会いたい。という願いのため、私達は陛下のいる謁見の間へ向かう。
階段を駆け上り、先頭を走っていたガイが扉を開けその後をルーク、ティアと続いて行く。
謁見の間には陛下をはじめ、モース、ディスト、ラルゴ――そして、ナタリアの本当の母であるシルヴィアさん。
シルヴィアさんは振り返り、ナタリアの姿を確認すると目を見開き口元を押さえて俯いた。

「お父様!私は本当にお父様の娘ではないと仰いますの!?」

ナタリアの悲鳴にも近いそれに陛下は答えづらそうに信じたくはないが……と言うが、ちらりと視線がモースに向かった。
その視線を受け取ったモースはナタリアの問いに答えるように尊大な態度で口を開いた。

「殿下の乳母が証言した。お前は亡き王妃様に仕えていた使用人シルヴィアの娘メリル」

そうだな?確認をするようにモースは隣に立つシルヴィアさんを見る。
シルヴィアさんは肩を震わせながら、小さく頷く。

「……はい。本物のナタリア様は死産でございました。しかし王妃様はお心が弱っておいででした」

だから私は娘を王妃様に。そこまで言うと、シルヴィアさんは再び俯いてしまった。
自分の娘を差し出す。それがどれだけ辛いのか、私には量り知る事は出来ない。
けれど、辛い事は確かだ。問答無用で娘をとられたラルゴはどんな気持ちだっただろう。

私は目を伏せる。

頭上ではモースとナタリアとの会話が繰り広げられている。
殆ど、モースの一方的な言いがかりだったが。

「あの二人を殺せ!」

「!」

その声に私ははっと顔をあげた。
苦々しげな顔をしてラルゴがこういう事か!と吐き捨てる。
実の娘を殺せ。そんな事言われて、はいわかりましたと聞ける筈もない。
しかし、上の命令には逆らえないのか、ラルゴは大鎌を構えた。
その表情は全てを知る私にとっては見ていられない程悲痛なものだった。

ダァン。背後で扉を蹴破りそうな程の大きな音がしてアッシュが駆けつけてきた。
いいところに。というディストの言葉は無視し、アッシュは苛々した口調で怒鳴る。

「こんなところで何してやがる!さっさと逃げろ!」

剣を抜きアッシュは中々動かぬ由希達に再度さっさと逃げろ!と怒鳴った。
眉を下げナタリアは心配そうにアッシュを見つめ、胸の前できゅうと祈るように手を一瞬だけ組むとばっと駆け出す。
それにあわせて全員が一斉に駆け出す。

譜歌の効果がなくなり、目を覚ましたキムラスカ兵が剣を振りかざしてきた。

「ルーク!危ないッ!」

ガイの叫びに漸く背後のキムラスカ兵に気付いたらしい。
剣を抜こうとするがあまりにも遅すぎる。

キィン――

当たる、その直前に横から第三者の剣が割り込みルークを守った。
神託の盾兵とは違うデザインの白い鎧に身を包む彼は白光騎士団だ。

「ルーク様!お逃げください!ここは我々が抑えます!」

「え!?何で……」

「狼狽えてる暇はありません。逃げますよ!」

戸惑うルークにジェイドが鋭く指摘し、逃げるように促す。
昇降機に飛び込み下の階層へ向かう。

「待て!逆賊め!」

白光騎士団も数は限られている抑えられなかったらしい。
キムラスカ兵がバタバタと駆けつけてくる。
が、彼らは私達に近づくよりも前に、ばっと割り込んでくる影が。

「ナタリア様!お逃げください!」

フライパンやお玉を手にキムラスカ兵に立ち向かっているのは民間人だ。
流石のキムラスカ兵も民間人に手を出せないのか、狼狽している。
こうしてみると本当にナタリアは民間の人達に愛されているんだなぁと思う。
血の繋がりって、いうほど重要じゃない。大切なのは心。アビスをプレイして思ったことはたくさんある。

後から来たアッシュがゴールドバークをひき付け、由希達は命からがらバチカルから脱出したのだった。


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