- ナノ -

それは突然の出来事だったのです。



かくん、と膝が不自然に傾いた。
あるべき筈の地面が、そこには無かった。

ゆっくりと、私の周りだけ時間の進みが遅くなる。

倒れる身体が客観的に脳裏に描かれた。
何だか不恰好だな、とこれまた客観的に考えた。

何か悪い事をしただろうか。いや、していない。と、思いたい。
私はただいつも通りにいつもの通学路を歩いていただけだ。
人間、突如変化を与えられると反応できないというもの。

マンホールが開いていたなんて、誰が想像できるだろうか。

「ぅ……そ……」

悲鳴も出なかった。
ただただ呆然と、その二音をぽつりと吐き出しただけだった。

傾いた身体はマンホールに吸い込まれるように倒れていく。

あっという間に目の前にマンホールが迫り、私の身体はその中に転がった。
見上げれば広かった空が一瞬のうちに小さく狭められる。

気持ちの悪い浮遊感に私は胃の中のものをひっくり返しそうになる。
慌てて口元を押さえ、来るであろう衝撃に身を硬くする。

どうしたらいい、どうすればいい。

アニメやゲームのキャラクターのように重力を無視して着地なんて出来るはずも無い。
真似して着地しようものならば、両足が砕ける事間違いなしだ。

両足複雑骨折、なんて単語が頭を過ぎりぶるりと身体を振るわせた。

考えたくも無い。歩けない生活なんて何の楽しみも無い。
いやいやそもそもこの速度で数十メートルの高さから落ちたら死ぬんじゃないか?かなり現実的に考えて。
ってか、マンホールの深さってどれぐらいなんだろう?

現実的な考えから、一転素朴な疑問が湧く。
ぶっちゃけると今考えなくてもいい問題だ。

ああ駄目だ。多分現実逃避している。

いつまでも落ち続ける身体に耐え切れず、私の意識は暗転した。


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