- ナノ -

ジェイドの帰宅と赤髪の彼



あれからまた幾らか時が過ぎた。カレンダーは相変わらず読めない。
とうの昔に諦めた。

今の時間軸はどれくらいだろう。

ふかふかのベッドの上で寝転がりながら私は考える。

ルークはもうバチカルに帰っただろうか。
親善大使としてアクゼリュスに向かい、そして、崩落させてしまったのだろうか。
長髪ルークも好きだったけれど、もう短髪かな。

そこまで考えて私はむくりと身体を起こした。

もしかしたら、もしかするかもしれない。
もうグランコクマへ足を踏み入れているかもしれない。
ジェイドが帰ってくる。期待に胸を膨らませながら私は傍に寝ていたサフィールを蹴飛ばしながらベッドから降りた。
ぐぶぅ、とサフィールが背後で悲鳴を上げていたが、無視して私は謁見の間へと向かった。

「あ!こら!」

謁見の間に一直線に向かい、こなれた動きで扉に飛びついた。
そんな私にマルクト兵が声を上げたがそんな事はしるか。私は中に入りたいんだ。
開いた扉の中へ滑り込むように入り、見えた茶髪の後姿に向けて思い切り突進した。

――が、

「おっと、危ないですね」

「うわぁあああ!!?」

「ぶ、ひぃいいい!!!?(わ、ああぁああ!!?)」

ひょい、と横にずれたジェイド。
私の身体は宙を舞い、その直線状にいた赤髪の彼の背に着地する。
不意打ちを喰らった彼はどしんと俯けに倒れてしまう。

痛そうな呻き声が私の下から聞こえ、とても申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
不用意にジェイドの背中に飛びつくのは良くなかった。

「おー、可愛い方のジェイドか。よく来たな!」

ほら、こっちへおいで、と手招きされ私はルークの上から退き、とことことピオニーの方へ歩いた。
よしよしと顎を軽く掻かれる。くすぐったくて私は目を細めた。

「か、かわいいほうのジェイド?」

ルークががばっと起き上がり、背後にいるジェイドを見上げた。
私もジェイドを見た。彼は非常に不愉快そうにため息を吐き出し、違います。と答える。
あっちはピオニーいわく"可愛くない方の"ジェイドだ。

ピオニーの脇から動き、ルークの傍へ行く。
未だ上半身を起こしたままの不恰好なままのルークは傍に来た私をまじまじと見る。
少し垂れた翡翠の眼に私のだらしない顔が映った。

「ジェイド……?」

「ぶひ、(うん)」

とん、と床についているルークの手の甲に蹄を乗せる。
ルークも男だ。少し角ばった大きな手をしていた。その事実に少し感動を覚えた。

「……かわいい……」

斜め上からそんな声が聞こえて顔を上げるとティアがいた。
少し顔を赤らめている。此方からすればティアのほうが何百倍可愛いと思う。

「っと、俺はこれから議会を招集しなきゃならん。後は任せたぞジェイド」

ぽすんと頭を一度撫でてからピオニーは謁見の間を出て行った。
彼も色々と忙しいのだ。ペットの私に構っている暇などないのだろう。
その事に少し淋しさを覚えながら、ふと前にいる薄水色の物体に目が行った。

「ぶぅひっ!!(ミュウッ!)」

「わ、な、なんですの!?」

魔物に言葉は通じるらしい。
意思が通じた事に感動しながらも、私は薄水色の物体、もといミュウに近づいた。
ミュウは私が近づいた事に驚いたらしく、ルークの足元に隠れてしまう。
無理もない。私の身体はミュウの何倍もあるしルークを踏み潰したのを見れば怖くもなる。

そんな事より、だ。
ミュウの腰にあるソーサラーリングを見つめた。
あれがあれば、私も人間の言葉が喋れるのだ。

「僕の名前、どうして知ってるですの?」

「ぶひ……(それは……)」

うっかり名前を呼んでしまった事を後悔した。
とりあえず言い訳でも何でも言わなくては。

「ぶひぶーぶひぶぅひ!(ピオニーから教えてもらったの!)」

「そうだったですの、君の名前を教えて欲しいですの!」

だんだんと慣れてきたのだろう、ミュウはルークの足の影から出てきて私の前に来た。
名前を教えて欲しいといわれ、私は少々悩んだ。
私は由希だ。だが、このブウサギに付けられた名前はジェイド。
どちらを名乗るか悩んだ。

「ぶひぶひぶぅひぶひ!(私はジェイドって言うの!)」

悩んだ末に私はジェイドと名乗る事に決めた。
日本名の由希、なんて変だと思ったし、可愛い方のジェイドとして紹介されたのだ。
名前が食い違っては変だ。

ジェイド、と名乗った自分が少し切なかった。

それはさて置いて、本題にうつろうと私が口を開こうとしたときだ。

「行くぞ、ミュウ!ガイを迎えに行かないと!」

私の視界からミュウが消える。
驚いて見上げるとルークがミュウを抱き上げている。

そしてさっさと謁見の間から出て行こうとする。
急いで私もその背中を追いかけた。

折角の意思の疎通が出来るかもしれない機会を逃すわけにはいかなかった。



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