一瞬の夢を見た。

目を閉じて開いたその間の刹那は、この幸福の延長線上にあるものなのだろうか。

ただ開いた瞳に映った君の笑顔に、ほんの少しだけ泣きたくなった。




―ゆびきりげんまん




腕を伸ばしてその濡れた頬に触れれば、彼女の涙で僕の指は濡れる。

呼吸の仕方は最早分からない。
言葉の紡ぎ方も忘れてしまった。

徐々に遅くなるこの呼吸は、身体の機能が停止して行く証だろう。
けど、それでも息も絶え絶えに、声を振り絞ったのは彼女の名を呼びたかったから。
…この命が尽きるまで愛し紡ぎ続けた彼女の名を呼ぶ事さえも止めてしまうなんて、出来るはずもなかったから。

「ちづ、る…笑わなくて…いいよ」

血で濡れた言葉でそう紡げば、彼女の笑顔は一瞬にして歪む。
止まる事を知らない涙は僕の頬に零れ落ち、まるで泣く事さえも出来ない僕の代わりのように、涙が頬を伝っているようだった。

緩やかに止まってゆく呼吸に合わせ、瞳を閉じれば彼女の泣き叫ぶ声だけが鼓膜を震わす。

わがままは言わない。
せめて彼女の涙を拭える程の力が欲しかった。
…彼女の笑顔を映せる瞳が…。
何も見えない、何も聞こえない、何も感じない、彼女の存在さえも分からなくなった僕は彼女の存在だけを思い呼吸をやめた。
けれど瞼の裏側に浮かんだそれに、僕の喉は再び擦れた音を紡ぎ出す。

彼女は笑っていた。
とても幸せそうに。
彼女の瞳に映った僕も笑っていた。

瞳を閉じた刹那に見たそれは一瞬の夢のようだった。
その夢が幸福の延長線上にあるのなら、それまで眠り続けるのも悪くはない。
だから再び目が覚めた時はその夢を二人で見よう。


ただ泣き続ける千鶴の小指に自身の小指を絡ませ、僕の呼吸は静かにとまった。






『嘘ついたらはり千本のーます、指きった!』

二人で声を合わせて、勢い良く小指を離せば千鶴は可笑しそう声をあげて笑う。

「総司さんは本当にゆびきりがお好きですね」
「だって約束でしょう?君を幸せにするって誓ったんだから。…勿論僕のお嫁さんになってくれるよね?」
「はい、喜んで!」

彼女は笑っていた。
とても幸せそうに。
彼女の瞳に映った僕も笑っていた。



‐あとがき‐‐‐‐‐‐‐‐

企画サイト様「君と僕とこの世界で」様に参加させて頂き、書かせてもらいました。

小説に出てくる「夢」は眠る時に見る夢の意味も含まれていますが、儚いものや、実現したい理想という意味もあります。
素敵なお題を頂いた割には分かりにくい小説で申し訳ないです…。

では最後に、素敵なご企画に参加させて下さった柏木様、本当にありがとうございました!!

2010.06.21
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