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 いつになったら、




どうしよう、最悪だ。
よりにもよってこんな時に。


「風邪、ひくなんて…ゲホッコホッ」


実家を出てこの方、暫くそれらしい病気にかかってなかったというのに、何故今このタイミングで、と自分の免疫力を呪いたくなる。
市販の薬で何とか治そうとしたのだが、予想以上に症状は進行していたようで。既に効果は期待出来なかった。


「うー…声がへん」


ベッドの中で何度も寝返りを打つ。熱こそ無いものの、咳がひどく、一向に収まる気がしない。神よ、これも試練だと云うのですか。


「ゴホッ…遅いなあ…待たすのは嫌いって言ってた、癖に」


ろくに思考もままならない頭で、ぼんやりと思っていれば、ピンポーン、と安っぽいチャイムが聞こえてきて。私はのろのろと玄関へ行き、重い扉を少し開ける。


「……朝一で呼び出すとは、いい度胸だな?コハネ」

「ごめんなさい…他に頼れそうな人がいなくてですね…」


扉の向こうに立つ、赤い髪の彼は、不機嫌全開の眼で此方を睨む。しかし、幾度かこうした状況を体験している身としては、あまり恐いとは感じない。申し訳ないという気持ちは勿論、あるけれど。


「そう思うなら事前に言え。こっちも仕事がある」

「だって、急にひどくなったし…コホッ、どう予測しろと」

「…取り敢えず、中で話すから」


言うやいなや、赤髪の彼──サソリさんは、重さを感じさせないくらい軽々と大きく扉を開けた。あの細い腕のどこにそんな力が、と思ったのは心の内に留めておこう。


「あ、と…散らかってるけど、どうぞ」

「……変わり映えのねぇ部屋」

「ゲホッゲホッ…コホッ、何か言った?」

「いや…、病人はとっとと寝てろ」

「え、うん…」


ベッドに横になるなり、で、症状はいつからだ?とサソリさんの問診が始まる。先週から、と答えればハァとため息を吐かれた。きっと呆れているのだろう。何故先週、病院に行かなかったのかと。


「病院、行く時間は無かったのか」

「仕事で遅くなっちゃって行けなかった、です…ゴホッコホッ」

「…まあ、そんなことだろうと思ったがな」


徐に立ち上がったかと思うと、持参していた鞄を漁っているサソリさん。何が出てくるのだろうと、その手元を見つめていたら、銀色の何かが見え、カーテンの隙間から入る陽光に反射してちょっと眩しい。


「ほら、口開けろ」

「ん、」


大人しく指示に従い、口を開けると、舌に先程鞄から出していた銀色の何か──舌圧子(ぜつあつし)というらしい──を宛てられる。そこにグッと僅かに力が加えられ、一瞬の嘔吐感に襲われるも、気付けば既に、それは取り払われていた。


「扁桃腺は特に問題ない。おそらく一般的な風邪だ」

「そっ、そうですか…ケホッ」


喉の状態を見たサソリさんは、舌圧子を仕舞いながら答える。その動作をぼんやりと眺めていると、突然、額に冷たさを感じて「ひゃあっ」と、何とも間抜けな声が出てしまった。
思うに、冷えピタでも貼ったんだろうけど、貼る前に一声かけてほしい。


「色気のねぇ声だな」

「いろっ…?!……病人にそんなもの、求めないでください」

「ああ、お前に聞いたのが間違いだったか」

「……ゲホッごほっ…サソリさんのばか」


そうやって私をからかう貴方は、どこか楽しそうで、普段の彼を知っている分、少しは期待してもいいのかと自惚れてしまう。無論、そんな心の内を言葉にするのは、躊躇われた。


「誰が馬鹿だって?」

「…………」

「…コハネ」


だから、たまには本音を聞いてみたくて、わざと黙り込んでみる。これで少しは態度を改めるかと思えば、ふと名前を呼ばれて、反対側に背けていた顔を戻そうとすると、すぐ傍で感じた気配。ギシッと、ベッドの軋む音がやけに響いて、そのまま身を強張らせる。


「治ったら…覚悟しとけよ」

「え…う、ひゃっ!」


そう耳元で囁くと、ふっ、と耳に息を吹きかけられて、また変な声が出てしまう。全く、何がしたいんだ彼は。
尚も耳を攻めるサソリさんに抗議すれば、喉の奥で笑いながら、あっさり離れてくれた。


「ククッ…さすがに病人相手に襲ったりはしねぇよ」

「…それ、病人じゃなかったら襲う、っていうようにもとれます、けど」

「お望みなら、応えてやってもいいぜ?」

「丁重に遠慮します…」


端から見れば、甘いやり取りのように見えなくもない。しかし、私と彼は恋人ではなく、単なる幼なじみである。故にその関係は、時折私を切なくもさせていた。
一通りからかった後、仕事に戻る、とサソリさんは鞄を持って玄関へ向かおうとする。見送ろうと、ベッドから起きかける私を制して、思い出したように鞄の中から飴玉を取り出し、私の手に握らせた。


「帰りに薬を持ってくる。それまでは、こいつで我慢してくれ」

「……ありがとう」


なんだかんだ言っても、こうして彼の優しさに触れる度に、恋しくて恋しくて。いつか、この想いが溢れ出してしまったら。
静かに閉まっていく扉を見つめ、朱に染まった頬は、風邪のせいだと思わせて。私はゆっくりと瞼を下ろした。






いつになったら、素直になれる?


12.7.1



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