恋情は 今年の夏は、空から照り付ける太陽よりも、暑くなりそうな予感がした。 「あーもう、隊長!やっと見つけた…」 屯所から少し離れた場所に、ひっそりと居を構える甘味処。例の如く、サボりという名の休憩をしていると、聞き知った女の声が耳に入り、目元を隠していたアイマスクを上げてそちらを見る。 「あらら、見つかっちまったねィ」 「適度な休息は必要ですけど、ちゃんと仕事もしてください」 私まで副長に怒られるじゃないですか、と小言を漏らすのは、今月から一番隊に異動した、自分と同じくらいの年齢であろう少女だった。名を、梅村結衣という。何でも、彼女の父親は剣道の師範を務めるほどのやり手らしく、彼女自身もそれなりの腕を持っているもんだから、ぜひ真選組の戦力にと推薦されたのである。 「しかし、よくここが分かったな。俺ァ、誰にもこの場所は教えてねーんですが」 よっ、と身体を起こして、まだ何か言い足りなそうな結衣に尋ねる。すると、先の態度はどこへやら、結衣は一瞬、目を泳がせた後、此方を見るなり、聞き取れるか否かギリギリの声量で言った。 「………それは、…隊長のことが」 ──ピーッピーッ 「…………」 しかし、無機質な電子音が結衣の言葉を遮り、鳴り響く。音の出所はどうやら彼女の携帯のようで、隊服のポケットから慌ててそれを取り出し、音を止める。 「何でィ、今の」 「ああ…アラームですよ。休憩時間の終わりを知らせる用に、セットしてるんです」 それが今鳴ったということは、つまり、結衣の休憩は終わったことになる。だが、彼女がこうして自分を探しに来たところを見ると、ろくに休んでいないのではないか、とほんの少し罪悪感が生まれた。 此方から探すよう頼んだ訳じゃない。それでも、この有能な部下は、例えいつものサボりだと分かっていても、探さずにはいられないのだろう。本当、性格は彼女の父親譲りだ。 「いや、そっちじゃなくて」 「え?」 「さっき、何か言いかけたよな。アレの続き、教えてくだせェ」 アラーム音のせいで忘れそうになっていたが、結衣は何かを言おうとしていた。興味本位で聞いた沖田だったが、結衣の目が一瞬逸らされたことにより、あまりいい話ではなさそうだと判断していた。しかし、自分は一番隊の隊長。部下のことを理解していなければならない立場にいる。言いにくかろうが、どうにか聞き出さなければ。 「言えねーのかィ。上司に隠し事たァ、いい根性だな」 「……人には、秘密の一つや二つあるのが普通です」 「へーえ、…じゃあ隊長命令だ。ほら、言え」 「っ、卑怯ですよ…そんなの、逃げられないじゃないですか」 はぁ、と結衣の方が折れたのか、渋々といった風に懐から小さな袋を出し、沖田へと差し出す。 「…開けていいんですかィ、これ」 「……どうぞ」 シュルリと飾りのリボンを取り、袋を開けると。中には、乳白色の石をモチーフとしたストラップが入っていた。沖田はそれを袋から出し、じっと眺める。 「えーと、こりゃ何です」 「見ての通り、ストラップですけど」 「だから、何で俺にこんなものを…」 「…………今日は、隊長の誕生日でしょう」 どこか居心地が悪そうにそわそわする結衣を横目に、そういうことかと漸く合点がいった沖田は、自分の携帯を出すと、器用に穴の中へと通して結衣に見せる。 「これで文句ねーか?」 「…!は、はい!ありがとうございます、隊長!」 「っ、」 そうしたら、急に日だまりのような笑顔を向けられて。顔に熱が集まったような気がしたが、暑さのせいということにしておいた。ああ、これではまるで─── (俺が、アンタのこと好きみてーじゃねーかィ) まだ、夏は始まったばかり。じりじりと地面を焦がす太陽の下、火照った頬を隠すために、彼女の腕を引いて抱き寄せた。 恋情は鮮やかに走り出す (この夏に負けないほどの熱を孕んで) 12.7.16 prev|TOP|next |