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下駄箱でのことを皮切りに、教室へ行けば机の上や中、廊下を歩けば声をかけられ、甘ったるい匂いのする袋やら箱を押し付けられた。だから嫌なんだ、この日は。本音を言えば、学校を休みたいくらいに。だが、学年末考査の近いこの時期、おいそれと授業を休むこともできない訳で。どうにか昼休みまで持ち堪えたのだった。
(毎年、ご苦労なこった)
ため息混じりに心中で呟けど、状況が変わることはない。あの紙袋を下げて帰るのかと思うと、ますます気が滅入りそうになる。
憂鬱な気持ちを引きずったまま、喧騒から逃れるように旧校舎側へ続く廊下を歩いていると、僅かに話し声が聞こえてきた。
(…?)
向こうも声を潜めているのか、はっきりと聞き取れない。トーンからして、男であるらしいのがかろうじてわかった。
しかし何よりも、ほとんど人の立ち入らないこの場所にいる物好きは誰なのかと、おかしな興味が込み上げたオレは、なるべく気配を消して廊下を進む。曲がり角に差し掛かったところで、漸く会話が聞き取れたため耳に意識を集中させる。
「用という程でもないが…まあ、お前とはそれなりに付き合いがあるからな。受け取れ」
そんな声と共に紙が擦れるような音がした。男が何かを相手に渡したようだ。
「…どういう風の吹き回しですか」
「なに、日頃の礼だ。…それとも」
一旦言葉が途切れる。それにしても、もう片方の男の声に聞き覚えがあった。いや、寧ろ聞き慣れすぎて耳が勝手に反応するのだ。
「……悪ふざけはやめてください」
「オレが冗談でこんな真似をすると思うか?」
「いい加減に…」
その途端、もやもやとした思いが全身に広がり、オレは自分でも驚く程機敏に、角から飛び出していた。
「…サスケ」
瞬間、オレの目に映ったのは、見知らぬ男と今にもキスしそうなくらいに密着しているイタチで。
そんな光景を見たオレは、もやもやしていた思いの正体に気付いてしまった。そう、これは──嫉妬だと。
「…何、やってんだよ」
「違うんだサスケ、オレは」
「兄さんに何をした」
「……知ってどうする?」
「…っ、もういい」
沸々と沸き上がる思いは止まることなく、冷静な表情を装いながらも、内心は醜い感情が渦巻いて今にも溢れそうだ。
男が理由を語らないと判断したオレは、二人の元へ大股で歩み寄り、イタチを男から引き離す。そしてそのまま手を引いて、足早に廊下の角まで歩いたところで歩を止め、複雑な表情のイタチと向き合う。
「…いつからだ」
「……」
「いつから、あの男と」
「…奴の存在を知ったのは、高一の秋だ」
隠していても無駄だと悟ったのか、イタチは淡々と話し出した。出会ったのは偶然で、時折、学校の様子を報告しに男の元を訪れていた──と。
「事情はわかったが…どうして黙ってたんだよ」
言い出しにくかったのだろうとは思うが、相談くらいしてくれても良かったじゃないか。半ばふて腐れて言えば、イタチは何とも申し訳なさそうに眉尻を下げて、すまない、と口にした。
「ったく…渡すタイミング逃しちまうだろうが」
「…え」
「………ほらよ」
気まずい空気が漂い始めそうな雰囲気だったので、そうなる前にと、オレは例のものをイタチの手に押し付ける。まじまじと手中のそれを見つめるイタチから目を逸らしつつ、聞き取れるギリギリの声量で呟いた。
「アンタのそういう顔は…見たくないんだよ。だから、」
一人で抱え込まないでくれ。なんて、小恥ずかしいことを言ったのかと、穴があったら入りたい衝動に駆られたが、ふわりと感じたぬくもりに、そんな思いはすっかり消え失せてしまった。
「ありがとう…サスケ」
どちらからともなく重ねた唇から、いつの間に食べたのか、ほんのり苦みの効いた甘さが広がっていく。
…少しなら、この口溶けに酔いしれてもいいだろうか。
Happy Valentine's day!
12.2.19
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