◎ 茜色の吐息さえ
柔らかな夕日が差し込む、放課後の教室。フィクションでは、しばしば告白の場所になったり、忘れ物を取りに向かえば、気になるあの人がいて二人きりになったりと、とかく“恋”におけるシチュエーションとしてよく登場する。
そんな場所とは意に介さず、うちはイタチは机に座って日誌を書いていた。紙面の上を滑らかに滑るペン先は、彼の性格を表すかのように綺麗な文字を綴っていく。
「…イタチ?」
「ん…ああ、サスケか」
ペンを動かす手を止めると、不意に名前を呼ばれ、顔を上げる。戸口にはイタチとよく似た少年の姿があった。彼の弟──うちはサスケ、である。相手が誰かわかると、イタチは静かに微笑する。
「まだ、いたんだな」
「今日は日直だったんだ。これを書き終わったら帰るよ」
他に誰もいないとわかり、兄の元へ歩み寄るサスケに、居残っていた理由を告げ、手元の日誌を軽くシャーペンでトントン、と突いた。それを見、なるほどな、と納得したサスケは、イタチの席の前にある椅子を引き、徐に腰掛ける。
「お前は帰らないのか」
「…帰っていいんなら帰るけど」
アンタは、帰ってほしくないんだろ?
そう言って、ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべたサスケにイタチは一瞬、瞠目したが、参ったなと息を吐いて瞼を伏せた。
「お見通し、ってわけか」
「アンタがわかりやすいだけだ」
サスケはそう言うものの、イタチの表情から感情を読み取るのは、そう容易いことではない。無表情だからといって、つまらないと感じているのかと思えば眠いだけだと言うこともあるし、人当たりの良さそうに笑っていても本人は特に意識していない…等、表情=感情の方程式が成り立たないからだ。それでもこうして、表情の奥に隠された気持ちに気付けるのは──誰よりも、兄(イタチ)の傍で過ごし、彼の人となりを見てきた弟(サスケ)だからこそ、為せるものなのだろう。
「ふう…」
「終わったのか?」
「いや…、"今日の一言"に何を書こうかと思ってな」
何のことかと日誌を覗き込むサスケに、イタチは頬杖をつき、考えるそぶりを見せる。目線の先には、まだ埋まっていない欄がひとつ。所謂、日直自身が思ったことを書く部分だ。
「んなもん…何か適当に書けばいいだろ」
「そうしたいのは山々なんだが、生憎、適当に書けるような出来事が無くてな」
──毎日が平和だから。
そう言ったイタチの顔は、穏やかで、しかしどこと無く儚さが漂っているようだった。空を染め上げる朱が、その表情をより一層際立たせているようで、サスケは思わず息を飲む。
「…じゃあ、オレが代わりに書いてやるよ。シャーペン貸して」
「え、」
突然何を言い出すのかと、呆気に取られるイタチを余所に、その手からペンを取ろうとして伸ばしたサスケの手は──しかしそのまま静かに重ねられ、少し身を乗り出すことによって詰められた距離は瞬間、ゼロになる。
「んっ…」
それは触れるだけの、刹那に交わされたキス。ちゅ、と小さなリップ音と共に離れた唇に残るお互いの熱は、まだ冷めることはなく。目線を合わせ、どちらともなく笑い合う。
「……誰かに見られたらどうするんだ」
「色んな意味で、好奇の的だな」
「サスケ…お前、この状況を楽しんでないか?」
どこか呆れ顔で問いかけるイタチから目を逸らし、窓の外を見たサスケは、フッと不敵な笑みを零すと、再びイタチへと向き直る。
「だって、今しか出来ないだろ?教室で、こういうコトは」
その口ぶりはまるで、予め用意されていたかのように周到な答えだった。そう、おそらく、彼がこの場所へ足を踏み入れた時から既に。
「それも、そうだな」
割り切ってしまえば、思いの外、受け入れるのは簡単なことで。さらり、と己の髪を指に絡めている手を引き寄せれば、それが肯定の意となり。降りてきた熱は、甘く脳髄を溶かしていくのだ。
茜色の吐息さえ飲み込んで(イタチー、昨日の日誌見たけど何なの、アレ)
(?どこかおかしい所でも…。!)
(相変わらず仲のよろしいことで)
うめちゃんへ、相互記念として捧げます。今更すぎて申し訳ありません…!
12.10.28
prev|next