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そのまま瞬身で自室まで帰ったオレは、未だ濡れたままだということにも気を留めず、ずるずると扉の前に座り込んだ。ポタリと髪から雫が落ちて、剥き出しの床に染みを作り、まるで涙のようだと自嘲する。
人形である自分が、一人の人間にこうも心を掻き乱されるとは。感情など、とうに捨てた筈だったのに。まだ"人間"に未練でもあるというのか。
「はっ、くだらねぇ…」
徐(おもむろ)に、外套のポケットに手を入れれば、かさりと袋の感触が手に伝わる。コイツも無駄になっちまったか、と独りごちた時、扉を叩く音がした。
「…旦那、ちょっといいか」
「………開いてる」
叩いた主は、やはりデイダラだった。普段の落ち着きをどうにか取り戻したオレは、それだけ言うと扉から離れ、壁際のベッドに腰掛ける。と同時に扉が開き、複雑な顔をしたデイダラが入ってきた。
「あのさ、旦那…さっきのは、あー…誤解というか」
「……」
奴が何か言っているが、オレの耳は、聞くことを放棄したかのように反応を示さなかった。ぼんやりと部屋の端に視線を漂わせる。
そんなオレを見兼ねたのか、デイダラは僅かに声を荒げ、オレの傍まで近付いた。
「オイラはイタチとそういう関係じゃねえ。…信じてくれよ、うん」
「……かよ」
駄目だ。これ以上コイツと喋っていたら、この形容しがたい気持ちを構わずぶつけてしまう。それでも己の口は、押し込めていたそれを声に出してしまっていた。
「…あんなところ見せられて、はいそうですかって信じられるかよ」
「そうだよな……口先だけなら何とでも言えるしな、うん。じゃあ」
"同じことをしたら、信じてくれるのか?"
瞬間、何が起こったのか理解するのに時間を要した。身体を包む腕を見て漸く、抱きしめられているのだとわかる。オレとは違う暖かさに、じわじわと冒されそうだ。
「何の真似だ…」
「…こんなこと言ったら気持ち悪いって思うかもしれねーけど、オイラ、アンタのこと好きなんだ」
「っ…!」
「けど、傷つけたくはねーんだ。旦那にその気がない以上、…ああいうことは、しない」
意外だった。普段のコイツからはとても想像できないくらい、弱々しい声。これが世に言うギャップってやつか、などと頭の片隅で思いながら、デイダラの方へ身体を捩り、そのまま体重をかけて寄り掛かる。
「…誰がその気がないと言った」
「へ…?」
「(アホ面…)早くしねぇとオレの気が変わっちまうかもしれないぜ?」
「!…っ、旦那!」
「うっ…てめ、急に押しかかるな!」
その後、暫く腰痛になったのは言うまでもない。
***
おまけ
「…ほらよ」
「?何だ、うん」
気怠い身体を動かし、身なりを整えながら、外套のポケットから取り出した袋を、まだベッドに寝転ぶデイダラに放った。一回取り損ねたのか"ぐふっ"と小さな呻きを漏らした後、がさがさ音を立てている奴を横目に、一人、安堵の息を吐く。
「おー!新しい粘土じゃねーか!…でも何で?」
「は、今日はお前の…誕生日、だろうが」
言った途端、顔が熱くなってさっと目線を外した。どうせニヤついているか、茶化すのかと思ったが、奴の口から出たのはそのどれでもなかった。
「ありがとな、旦那」
ベッドに着いていた腕を引かれてバランスを崩した一瞬、唇に触れた熱は──生温い空気に溶けていった。
Happy Birthday!!
Deidara
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