◎
※途中、デイイタ(デイ)要素あり
「!あ、…だ、旦那?」
──オレは今、
「お前…」
──どうしようもなく
「旦那!違うんだ、これはその」
──動揺していた。
***
ことの始まりは、傀儡のメンテをするために自室へ戻ろうと、アジトの廊下を歩いていた時だった。珍しく任務も早く終わり、小煩い相方も用事があるから、と一足先に帰っていった。
当のオレはすぐには帰らず、メンテに必要な材料を手近な店で買ってから帰還したのだが。
「……」
もうすぐ着く、というところで通り雨に遭遇し、頭の先から爪先まで見事にずぶ濡れになってしまった(生憎、ヒルコは次の任務で使用する分の新たな仕込みを入れようと、アジトに置いたままだった)。
はぁ、と小さくため息を吐き、身体を拭こうとタオルを取りに浴室へと足を向けた。
水を吸って重くなった暁の外套を軽く絞り、自分自身も調整した方が良いだろうかと考えながら、浴室の戸を開けようとして。…しかし、聞こえた声にふとその手を止める。
「、っ…何企んでやがんだ、うん」
「別に、何も?ただ…」
中から、聞き慣れた声が耳を掠めた。一つは、あのエリート一族の出であるうちはイタチの声。もう一つは──自分とコンビを組む青年、デイダラのものだ。
こんな場所で、二人して何をしているのか。偶然出会(くわ)したにしても、時間的にまだ入浴には早過ぎる。それらから推測するに、ある仮説が浮かんだが、アイツらに限ってまさか、とオレは頭を振った。しかし、次に聞こえた言葉がその仮説を確信に変えてしまったのだ。
「じゃあっ、何で、こんな」
「そうだな…ただの、暇潰しとでも言おうか」
「暇潰し、だと…」
「大方、溜まっているのだろう?」
「なっ…!」
「まあ、この組織にいる以上、致し方ないことだ…」
会話が、右から左へ入っては抜けていく。この場から今すぐいなくなりたいと思うのに、床と一体化したように足が動かない。それほどショックだとでも言うのか。…二人の関係が。
「………んなこと言ってると、本当に襲っちまうぞ、うん」
「その気になったのか?…あれだけ渋っていたのに」
「ばっ、そういうんじゃねーよ…。溜まってんのは事実、だし」
「フッ、素直になればいいものを」
「てめーは一言多いんだよ!うん!」
もう、もう限界だった。冷静になった思考が、戸にかけていた手を勢いよく横へスライドさせる。スパーンと小気味よい音がして、板に隔てられていた向こう側が視界に映り込む。
「!あ、…だ、旦那?」
今まさに事に及ぶつもりだったのか、イタチの忍服に手を掛けるデイダラがオレに気付き、さっと蒼白した顔になる。イタチはといえば、瞳だけを此方に向け、いつもの無表情で黙していた。
「お前…」
「旦那!違うんだ、これはその」
「それならそうと、早く言えよ」
「え…」
弁解するデイダラをお構いなしに、口が勝手に言葉を吐き出していく。思えば、あの雨さえ降らなければ、浴室に来ることもなかった。こんな場面を見ずに済んだのだ。
頭はひどく冷静なのに、心は落ち着かず、あらゆる感情で溢れていて。もういい、と二人に背を向けた。
「邪魔したな」
「ちょっ、旦那!」
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