彼に出会ったのは、高一の秋だった。
生物の授業で使った標本を片付けるため準備室へ行く途中に、ある一角で立ち止まった。明るい新校舎とは対照的に、今は使用されていない旧校舎はひっそりと陰が射している。なのに──声が、聞こえたのだ。それも、学校にはおよそ似つかわしくないもので、オレはどうするべきかと困窮した。
暫く逡巡した後、己の心に留めておこうという結論に至り、そっとその場を離れようとした。が、背後からの冷めた低い声に、反射的に振り向く。
「立ち聞きか?…感心しないな」
「…貴方は、ここで何を」
していたのか、と言いかけて止めた。自分の思うことが本当だとしたら、学校側としては問題になるだろう。しかし、彼は一体誰なのか。見たところ、生徒ではなさそうだし、教員にしても顔すら知らなかった。
黙り込むオレの心情を読み取ったのか、男は意味ありげな笑みを浮かべ、囁くような声音で、言った。
──オレについて知りたいか、と。
そんなことがあって、オレと彼の間には、何とも形容しがたい繋がりができたのである。
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バレンタイン小話に入る筈だった、兄さんとマダラさんの出会いエピソード。しかし、展開的に長くなってしまったため泣く泣くカットしたという…。