『今日は、特別変よ。』
あれから、何と言ってはるかと別れたのかはよく覚えてない。たぶん忘れ物だとでも言ったんだろう。着てもいないジャージをなぜか持って帰ってきているから。
今日は、特別変よ、特別変よ、変よ、・・・・
変。そんで、無理。はるかはそう言った。俺の思ってた人助けって、はるかからしたら変で無理なこと?
家のソファになかば飛びつくように座る。微塵も自分の意図に気付かないことへのもどかしかか、人助けを変と呼称したことへの戸惑いか、あるいは・・よくわからないけど、自分がはるかに対して怒りのようなものを抱いてることに気が付いてひどく落胆した。
こんなはずじゃなかったのに。
なんか、すっごく無駄に体力も気力も消費した気がする。気紛らわせにコーヒーでも淹れようとソファから腰を離す。
だから、ピンポーンと家のチャイムが鳴っても特に反応しなかったのは、コーヒーを淹れる準備をしていたからでもあるし、再び鳴っても未だ反応しなかったのは「どうせみのりが鍵を出すのが面倒くさくて鳴らしてるだけだろう」と思ったからでもあった。
とうとう玄関まで向かうことにしたのは扉を通したくぐもった声で「ミノルー、いねえの?」というハルトの声が聞こえたからだった。
「ハルト、何してんの?みのりならまだ帰ってないよ」
「ミノルに用があるんだよね。おっ、何これ、超いい香り。コーヒー煎れてんの?ラッキー」
何も言っていないのにハルトは勝手に靴を脱いで上がりこむ。これがこの人のいいところでもあるんだから、憎めない。俺は苦笑してスリッパを出すしかできなかった。
「それで俺に用って?」
「あっ、そうそう。なんかさ、苦戦らしいじゃん」
「苦戦?ああ、」
言ってる真意はよくわからなかったけど、はるかのことだとはすぐ分かった。
「苦戦というか、なんていうの?ここへ来て価値観の違いに気付いたって感じ」
ハルトは首をひねって、さっさと詳しく話せというようにコーヒーを片手に頬杖をつくから、俺は仕方なく今日のいきさつをざっと説明した。(ハルトが頬杖をついてしまったら、こいつの好奇心は揺るがないからね)
最後まで聞き終わると、ふうん、と若干どうでもよさそうにつぶやいてコーヒーを口に含んだ。
「別に価値観の相違ってわけじゃないだろ」
「相違なんてよく知ってたな、ハルト」
「茶化すなって。要はさ、お前らはお互いの求めることに気付けてないだけじゃん」
おかしいと思ったんだよ、お前らの価値観がぶつかるなんてよ。ハルトはかっこつけのくせしてコーヒーをブラックで飲めない。もう十分甘いはずなのに、また角砂糖をつまんでカップの中に放る。おえ、まじかよコイツ…
「ミノルちゃんは、はるかちゃんに褒められたい」
「誰もそんなこと言ってないけど」
「今さらなに言ってんだよ。では、はるかちゃんがミノルちゃんに求めていることは何でしょう」
「はるかが俺に?」
「少なくとも、ジュース買ってきたり代わりにノート提出しに行ったりすることじゃねーよな」
あっ、と思った。いや、声に出たかもしれない。
「じゃあ、」
はるかは何を求めてるんだろう?
良かれと思ったことは全部不発。そりゃそーだ、そんなの誰もいらないんだから。じゃあはるかはいったい何を…
「はーいヒントはここまで!」
「はっ?」
「あとは自分ではるかちゃんに聞きなよ」
「おまえ・・まじかよ」
結局ハルトはそのまま何も答えず、コーヒーとお供に出したシュークリームをおいしそうに食べて帰って行った。最後に「あんたならできるよ!」と満面の笑顔で言って。あいつ絶対昨日サマーウォーズ観ただろ。
でも、そうか。
俺ははるかに褒められたいだけだったのか。
認めてしまったら、ひどくスッキリして、全てが単純だったように感じた。
明日学校で、ミーティングに行けなかったことを謝ろう。そんで、ちゃんとはるかと話そう。独りよがりの恩売りはもうやめる。
なんだかパワーがあふれてきて、今日はもうインスタントでもいいかと思っていたけど晩御飯を作ることにした。どっかで馬鹿騒ぎでもしてるんだろう姉が帰ってきたら、今日いかにハルトがヒーローぽっかったかと語ってやろう。
「よっしゃー!」
昔、はるかに言われたことがある。
ミノルって、良くも悪くも単純よね。でもなんか、空みたいですごく好き。
俺はまだ、根拠もなく胸を張れるハルキみたいに自分を好きにはなれないけど、いつも思う。その言葉だけで何倍にも自分がマシに見えるって。だからはるか、君が何か俺に求めてることがあるなら俺は全力でこたえたい。いつだってそう思ってるんだよ、これでもさ。