- 狂犬♂飼育中! -
※1.飼い主扱いはやめてください@狂犬は留守がちです
教室の窓際
一番後ろ
空白の席を埋めるのは
どうしようもない、問題児
◇
昼食を終えた五限目の授業は、天気の良い九月後半の程よい気温で眠気を誘う。
普段の雨宮涼(アマミヤ リョウ)であれば、机に向かって受ける科目の五限目授業は、開始のチャイムと共に欠伸のひとつでもしていただろう。
ましてや日本史という、暗記が基本の授業においては尚更だ。
しかしこのクラスの女子生徒の大半は、この日本史の授業を待ち望み、居眠りなどというもったいないことをする者はいない。
それは涼にとっても例外ではなく、ノートと教科書をしっかりと机に出し、黒板の前に立つ男性教師をうっとりとした表情で見つめていた。
「雨宮ー、成瀬がいないぞ」
どこか気怠そうな低い声が唐突に自分の名前を呼んだかと思うと、心酔するような眼差しを向けていた相手と目が合った。
「え?」
急な呼びかけに驚いて瞳を丸くしている涼に向けて、黒板の前に立つ社会科教師の宮藤(クドウ)が、教室の一番端にある空白の席を顎で指し示した。
「飼い主だろ、成瀬の。アイツはサボりか」
当たり前のようにそう言ってのけた教師をまじまじと見つめ、涼は思わず眉を寄せた。
高身長に美しく整った端正な顔立ちのこの教師は、学校内でも言わずと知れた人気を誇る。
常に気怠げで口が悪く、無愛想な彼は教師らしさをまったく感じさせないが、嘘偽りのない物言いが外見と相まって不思議と生徒からは慕われている。
涼自身も憧れ、慕っている人物から切長な鋭い瞳を向けられ、ついうっかり「はいそうです」と頷きそうになったのを、すんでの所でなんとか呑み込んだ。
「私、成瀬くんの飼い主なんかじゃありません。いつも通り、サボりなんじゃないですか」
「どこにいるか知らないのか」
「知りません」
思いのほかつっけんどんになってしまったが、仕方ない。
授業をサボっているクラスメイトのことなど、知るはずもないのだから。
「……ふーん。まぁ、雨宮が知らないんじゃ仕方ないな。アイツ、そろそろ出席日数ヤバかったな」
誰に言うでもなく呟かれた教師の言葉に、クラスメイト達が自分は無関係とばかりの視線を涼へと注ぐ。
その集まった視線が意味するものは、どうやらクラスメイトまでもが涼を『成瀬の飼い主』と認識しているらしい。
その認識は、今すぐ改めて頂きたい。
「先生!」
ぴしっと真っ直ぐに右手を挙げた涼へと、宮藤が「ん」と短い返事と共に先を促す視線を寄越した。
「成瀬くんがどこにいるか分かるので、少し時間をください!五分で連れて戻って来ます!」
「さすが。五分で戻って来たら遅刻は見逃してやるって、成瀬に伝えとけ」
「はぁーい!」
返事をするなり涼は勢いよく立ち上がると、すぐさま教室から駆け出した。
最初から呼びに行かせるつもりで、問題児の出席日数の話を持ち出したのだろう。
それを聞いた涼が、じっとしていられないことを知っているのだ。
分かっていても思い通りになってしまうのだから、悔しい。
にやりと口角を上げた教師の顔を思い出し、涼はほんのりと頬を赤く染めた。
ああ、やっぱり好きだなって、あのすべてを見透かすような瞳を見る度に思ってしまうのだ。