揺れるスカート


『密約の教科書』より

「秋歌―!うちのクラスの日本史、宮藤先生だよー!やったぁー!」

高校二年生になったばかりの浅見蓮は、友人である秋歌の両手を掴んでぶんぶんと振り回しながら喜びを爆発させた。
一年の夏から想いを寄せていた社会科教師の宮藤が、蓮のクラスの日本史を担当することが分かったのだ。
今まではまったく接点のなかった相手だが、これを機に自分のことを知ってもらえるのだと思うと、嬉しくて仕方がない。

「よかったね〜、一年の時は全然関わるチャンスなかったもんね」

「うん、先生人気ありすぎて先輩によく囲まれてたから近付けなかったし。これからはアピールしまくって覚えてもらう!」

「あはは、頑張れ!」

むん!と気合いを入れて宮藤に存在をアピールしようと決めた蓮の行動力は、友人の秋歌も感心するほどだった。
まさかとても生徒を恋愛対象にするとは思えない“あの”宮藤に押し勝つ日が来るとは、この時はまだ誰も知る由もない。





「くどーせんせっ!集めたノート持ってきました!」

授業の合間の休み時間にひとクラス分のノートを抱えて社会科準備室にやってきた蓮は、教師用の机にノートの束をそっと置いた。
椅子に座ってコーヒーを啜っている宮藤へとにっこり笑顔を向け、褒められ待ちだ。

「ああ、ありがとな。わざわざこっちに持って来なくても職員室でよかったんだが」

「先生、いっつも職員室にいないから」

「タイミングの問題だろ。職員室にいる時もある」

「え〜、全然会えた試しがないよ」

「それは知らん。まぁ、次からは職員室でいいよ。こっちまで来んのは重いし面倒だろ」

気遣っている割には冷めた口調の宮藤を気にも留めずに、蓮はふふんと不適な笑みを浮かべてふんぞり返った。

「先生、このノートを持って来るのに私がどれだけ激しい争奪戦を繰り広げたか知らないからそんなことが言えるんです」

「……なんだそりゃ」

「苦労して勝ち抜いてノート運びの座を手に入れたのに、先生に会えなきゃ意味がないのです!」

「……そーかよ。で、どうやってノート運びの座とやらを手に入れたんだ?」

「じゃんけんです。厳しい戦いでした」

得意げに語る蓮の様子に、多少の興味を持って訊ねたことを宮藤は後悔した。あまりにくだらないからだ。

二年のいくつかのクラスの日本史を受け持ったことでこの女子生徒の存在をはっきり認識した宮藤は、最近ではその存在感の大きさに少々ペースを乱されがちだ。
この生徒の担任である松本とは職員室で席が隣の為、会話の流れで彼女について訊ねてみれば『元気で明るい生徒ですけど、クラスではそんなに前に行く感じではないですね』とのことだった。

どうやら積極性があるのは、日本史の授業でだけのようだ。

「次からは日直にでも運ばせるか」

「えー!じゃあ提出物集める時は私が日直の時にお願いしますっ」

「……浅見が雑用をやりたがってるって松本先生に言っといてやるよ」

「えっ」

あからさまに嫌そうに顔を顰めた蓮を見て、その分かりやすさに宮藤は口角を上げた。
最初から気付いていたことだが、好意から何まで顔に出やすいタイプらしい。

「ほら、くだらん話はいいからそろそろ教室戻れよ。授業始まるぞ」

「先生は?」

「俺も次は授業があるからもう出る」

「途中まで一緒に行く!」

きらきらと目を輝かせる蓮に宮藤は浅い溜め息で応えると、次の授業で使う教科書やらを手に立ち上がった。
いつからこんなに懐かれたのか、皆目見当も付かない。

二人で別棟にある社会科準備室を出て教室へと向かう渡り廊下を歩いていると、宮藤の隣でぺらぺらと何やら話し続けていた蓮が急に黙り込んで立ち止まった。
宮藤は少し先を歩いた後で振り返り、面倒くさそうに眉を寄せる。

「おい、先に行くぞ」

授業の始まりが近いからか二人を除いて渡り廊下には人が居らず、どこからか生徒達の笑い声が僅かに聞こえてくる。
立ち止まって動かない蓮を怪訝な顔で見つめれば、澄んだ真っ直ぐな瞳が宮藤を捉えた。

「先生!私、先生のことがすきです……!」

はっきりとした口調で放たれた言葉は、静かな廊下に響き渡った。
唐突に何を言い出すかと思えば、宮藤にとっては昔から散々言われ続けてきたようなことであり、いちいち驚くほどのことでもない。
教師になってからは生徒に告白されることも多々あったが、断れば泣かれたり反発されたりとどれもなかなか面倒で、対処を間違えると更に面倒ごとが増す。
要するに、好意を向けられたからと言って手放しに喜べるようなことではない。

「……告白したのは、先生が初めてです」

そう言って頬を赤らめはにかんで笑った蓮を見て、宮藤は無表情で立ち止まったままゆっくりと口を開いた。

「――……お前、見る目ないな」

低く単調な声で言葉を発すれば、蓮はきょとんとした顔で一度瞬いたあと、嬉しそうに笑みを浮かべた。
優しい言葉などかけていないのに、なぜ笑うのか。

「先生、私ってば見る目ありまくりかもですよ」

尻尾を振る犬のように満面の笑みで駆け寄ってきた蓮を宮藤は眉を寄せて一瞥すると、短い溜め息と共に歩き出した。

再び笑顔で隣を歩き始めたこの女子生徒が何を考えているのか、さっぱり分からない。
だだ漏れの好意や感情は分かりやすいというのに、真剣な瞳が自分の言葉のあとに細められたその意味はなんだというのか。
とても告白の返事と呼べるようなことは言っていないはずなのに、だ。

訊ねようにも応えるつもりのない生徒からの告白を蒸し返す気にならなかった宮藤は、満足した顔で呑気に鼻歌を歌い始めた蓮を横目で確認した。

(……なんなんだ、こいつは)

そんな宮藤の思考を遮るように鳴り響いた授業始まりのチャイムに、蓮は「わ!」と慌てた声を上げた。

「せんせー!授業始まっちゃうから先に行くねー!」

スカートを翻してぱたぱたと駆け出した蓮の後ろ姿を見つめ、宮藤は眉間に皺を寄せたまま本日何度目かの浅い息を吐き出す。

余計なことを考えたせいで、煙草が吸いたくなった。
取り合えず放課後まではお預けかと思うと、うんざりした様子で次の授業へと向かう足を速めた。



END.



『あとがき』
蓮がはじめて先生に告白した日のお話。
先生は思ったことをそのまま口にしただけですが、彼女にとって一世一代の告白を否定するでも受け入れるでも、教師らしく返事を返すでもなく、宮藤らしい言葉が返ってきたことに蓮は喜んでいます。
当の本人は無自覚ですが、生徒の告白をはっきり断らなかったのはこれがはじめてです。
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