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暫く渡り廊下を見ていた華恋は膝に置かれたお弁当に視線を戻し、残っていたおかずを口に運び始めた。
もぐもぐとウインナーを咀嚼する様子を見て、澄もつられるようにお弁当に手を付ける。
「うん、やっぱりそうだったんだ。今ので納得したよ私」
きりっと表情を引き締めてそう言い出した華恋に向けて、澄はご飯を頬張ったまま首を傾げた。
「どういうこと?」
「う〜ん、澄は気付いてなかったと思うんだけど。今まで先輩のこと見かけたりすれ違ったりする時にね、実は結構目が合ってたんだよね〜。それで内心舞い上がってたし、正直気になりだした理由のひとつでもあるんだけど…」
「今思うとあれって先輩、きっと澄のことを見てたんだね」
あっけらかんとしながら言い放たれた言葉に、澄は口に含んでいたご飯をごくりと飲み込んだ。
驚いた澄を横目に、華恋は悪戯ににっこりと笑う。
「話せてない間も、先輩は澄のこと気にかけてたんだね」
「よかったね」と言葉を続ける華恋の姿に、澄は瞳を泳がせた。
「……華恋は、嫌じゃないの…?」
「え?嫌って、何が?」
「だから…その…、私と礼が一緒にいたりしても…」
言いづらそうにもごもごと呟く澄を見て、華恋はきょとんと目を瞬かせた。
言葉の意味を暫く考えたような素振りを見せたかと思うと、申し訳なさそうに苦笑した。
「ごめん、私は全然平気だから気にしないで先輩とは普通にしていて。ちょっと言いづらいんだけど、先輩のことは半分…いや半分以上はミーハー心っていうか。どちらかと言うとアイドルみたいな存在というか…。先輩のこと気になってるのは確かだけど、澄と先輩が一緒にいるのを嫌だなんて思わないよ」
「というか、先輩と澄が付き合うことになっても大丈夫だよ」
にやりと口角を上げて視線を投げると、澄はみるみるうちに頬を紅潮させた。
「つ、付き合わないよ…!」
「え〜そんなの分かんないじゃん。今はそんな気なくても、急に好きになっちゃうかもしれないでしょ?先輩かっこいいし。だからその時は、私のことは気にしないで自分の気持ちに正直でいてね」
優しい口調で華恋は言うと、空になったお弁当箱の蓋を閉じた。
礼とは幼馴染であることしか説明していない。
告白されたことまでは、礼の気持ちに関わる話になる為敢えて口にしなかった。
可能性の話をしているだけなのに、華恋はすべて悟っているような気さえしてしまう。
「…どうして華恋は、そんなに優しいの?」
澄の真剣な眼差しに、華恋は小さく吹き出した。
「優しいって、私が?澄にそう思ってもらえるのは嬉しいけど、私別に優しくないよ。先輩のこと本気だったら、澄に嫉妬してたかもしれないし」
「澄ってさ、中学の時とか如月兄弟のことで女子と揉めたりしたことあるんじゃないの?」
「え…、そんなことまで分かるの…?」
「ふふ、違う違う。そうかなって思っただけ。私も中学の時は結構因縁付けられて苦労したからさ」
てきぱきと小花柄の可愛らしい風呂敷でお弁当箱を包みながら、華恋は困ったように微笑んだ。