……自慰行為を初めてしたのはいつだったか。
澄のことを考えてしたことだけは鮮明に覚えている。
罪悪感と高揚感で、どうにかなりそうだった。
「…礼?大丈夫?」
突然すぐ耳元で澄の声が響き、俺はギクッと躰を弾ませた。
ベッドにいたはずの澄は、机に向かう俺の顔を心配そうに覗き込んでいる。
ばれたらまずい…、
そう思う反面、見慣れた澄の顔が近くにあることに心拍数が上がっていく。
ドクドクと早鐘を鳴らす心臓に、思考回路が上手く働かない。
なんだこれ…、ほんとに俺の心臓の音かよっ…
澄の柔らかそうな唇に、自然と視線が動く。
…触れたい。
そう思った時にはもう遅かった。
無意識のうちに澄の顔に手を伸ばし、頬に触れる。
今キスしたら、澄はどんな顔をするだろう。
したい。
今すぐ。
そっと澄の唇を親指でなぞると、彼女は不思議そうに瞬きをした。
「礼……?」
その純真無垢な呼び掛けに、ハッとして俺はすぐに澄から手を離した。
…今、何しようとした…?
冷静に考えようにも、動揺が抑えきれない。
じんわりと汗が額に滲む。
「礼、本当に大丈夫?急に黙っちゃって…勉強のしすぎじゃない?」
全く関係のないことを口にする澄を見て、俺は安堵して深く息を吐き出した。
何も気付いていないことが、有り難いようなそうでないような複雑な気持ちだ。
「悪い…、大丈夫だから。先に下行ってて。俺もすぐ行くから」
額の汗を手の甲で拭いながら、澄から視線を逸らした。
とてもじゃないけど、今は直視できない。
「じゃあ先に行ってるね。律がもう食べてるから、早く来てね!全部食べられちゃうから」
「ああ、分かった。すぐ行くよ」
俺の返事に澄はにっこりと嬉しそうな笑みを浮かべると、パタパタと走って部屋を出て行った。
自室のドアが完全に閉まるのを見届けた後、机の上に突っ伏した。
「……やばかった…」
熱くなった躰が静まるのには、もう少し時間が掛かるかもしれない。
どうしてこんなにも、澄にだけ反応してしまうんだろうか。
それこそ彼女が生まれた時から、ずっと一緒にいたはずなのに。
澄と同じように、兄弟として考えられたら。
妹とでも思えたら、もっと楽になるのか。
どうして澄は、俺の中でこんなにも“女の子”なんだ。
「……無理だろ、今更…」
頭の中で何度も彼女を穢したのに、今更“妹”なんて思えるはずがない。
好きだと言ったら、何か変わるだろうか。
あの唇にキスをしたら、どんな反応をするだろうか。
澄が欲しい。
躰も心も、全部。
膨らむ欲を、願望を、目を閉じるようにそっと理性で封じた。
ー 礼の秘密-前編- ー