Episode.8


玄関掃除を終えた雛の次の仕事は客室の掃除だった。
まだメイドとして働き始めて日の浅い雛は主に掃除のみを担当し、先輩のメイドに教えてもらいながら作業することも多い。
すべて執事である葵の指示であり、最近ではすっかり先輩のメイド達と打ち解けた雛の様子に安心したのか、忙しい葵とは夜まで顔を合わせないことがほとんどだ。

西園寺邸にいた時であれば休日は雛に付きっ切りなのだから、どんな顔して会えばいいのか分からない今は蒼井邸にいてよかったと心底思う。

「ねぇ北村さん、教育してもらってた時の柏木さんってどんな感じだった?」

テーブルの上を布巾で拭いていた雛は、一緒に掃除をしている年の近い先輩メイドの女性から唐突に話を振られ、思わず手を止めた。

「え、柏木さんですか?」

「うん。柏木さんって一ヶ月前にここに来たんだけど、仕事も容姿も完璧でしょ?執事長の黒羽さんにも気に入られてるみたいだし、みんな柏木さんにお近づきになりたいって言ってるんだけどね〜、なかなか話す機会がなくって」

「はぁ……」

「だから北村さんのこと、みんな羨ましがってるのよ〜。なんかプライベートな話とかした?」

話ながらもベッドのシーツを慣れた手付きで新しいものに付け替え、先輩は興味津々といった様子で雛へと視線を向けた。
そういえば陽介の口からも葵の存在にメイド達が色めきだっていると聞いたことを思い出し、雛はどうしたものかと慎重に言葉を選んだ。

「えっと、プライベートな話は特にしてないです。仕事のことを教えてもらっただけで……」

「あ〜やっぱりそうなんだ。かなりガードが堅いって他のメイドの子達も言ってたから」

「そうなんですか」

残念そうに苦笑している先輩を見つめ、確かに葵は人を惹き付けるあの笑顔で都合の悪いことをかわすのも上手かったなと、憎たらしいほどに美しい執事の顔を思い浮かべた。

「でもちょっと聞いた話なんだけど、夜に柏木さんの部屋に行った子がいるらしいよ」

「えっ、部屋ですか?」

「そう、すごいよね。まぁ柏木さんが相手なら一晩だけでもって気持ちも分かるけどね〜」

「あ、あの……っ、それって、どうなったんですか?」

「さぁ、詳しいことは分からないけど。部屋には入れてもらったって。使用人同士の恋愛は禁止されてないし、業務後だしね〜。さすがの柏木さんも、据え膳食わぬは……だったりして」

うふふ、と楽しそうに笑った先輩を見て雛は呆然と目を瞬くと、頭の中が真っ白になった。
ピシッと皺ひとつない完璧なベッドメイクを済ませた先輩は別の部屋のシーツを取り換える為に早々と部屋を後にし、ひとり残った雛はその後どのように掃除をしたのか全く覚えていなかった。

葵が女の人を部屋に入れたなんて……そんなこと信じたくない。

西園寺にいた時でさえ、雛は葵の部屋に立ち入ったことは一度もなかった。
潔癖なくらい彼は自分の部屋に他人を入れることを嫌がり、雛でさえ何かと理由を付けて部屋の立ち入りを拒否されてきた。

葵の部屋は、彼が唯一執事の仮面を外せる言わば聖域のようなものなのだ。

そんな場所に、あろうことか自分以外の女性が入り、雛の知らない葵を覗き見ることができたなど、考えたくもないことだった。

そんなの……嫌だ……。

葵を諦める為にメイドとしてここにいる筈なのに、どうしてこうも彼のことばかり考えてしまうのか。

いつまで経っても消えるどころか増していく恋心も、知りたくなかった醜い嫉妬も、募りに募って苦しさは増すばかりだった。




  
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