「夕飯食べて行きなよ澄!清美には私から連絡しておくから」

「いいの?肉じゃがのいい匂いしたから食べたかった!」

「うんうん、可愛い反応だわ。うちの男達とは大違い」

「……まだ飯じゃないなら俺ら上にいるから」

これ以上の話込みは分が悪いと判断したのか、礼は澄の手を引いた。
如月家では母親の純子が一番強いのだ。

「ふーん…礼が澄を連れて来たってことは、澄は礼のお嫁さんになるってことかしら?」

唐突に満面の笑みで純子が言うと、二人は驚いて目を丸くした。
今朝も似たような言葉を聞いたような気がする。

「ったく、ほんと明け透けだな。もう相手にしなくていいから行くぞ澄」

「えっ、でも…」

「いいのよ、澄。照れ屋な礼にかまってあげて。できたら呼ぶからね」

「…いちいち一言多いな」

煩わしそうに礼は顔を歪めると、さっさと廊下に出て二階へと続く階段を上がった。
澄も純子に笑顔を向けてリビングを出ると、礼の後に続く。

「…悪い、あの人いつもあの調子だから」

「大丈夫、うちのお母さんもまったく一緒だよ」

「…完全に楽しまれてるな」

階段を上がって廊下の奥にある部屋が礼の自室だ。
隣には律の部屋がある。

久しぶりの礼の部屋に、澄は僅かに胸がどきどきするのを感じていた。
昔は平気でノックも無しに入っていたことが信じがたい。

「礼の部屋、あんまり変わってないね」

礼の部屋に入るなり、澄はドアの前で室内を見渡した。
綺麗に整理整頓された室内は、必要なものしか置かれていないシンプルな部屋だ。

「そうだな、変わったのは本が増えたくらいかもな」

礼はそう言って澄の後ろにあるドアを閉めると、ボストン型の学生鞄を無造作に床に置いた。

「適当に座って」

「う、うん」

澄は迷った末に背の低い木製テーブル前のカーペットの上にちょこんと座った。
中学生の頃までは迷わずベッドの上に寝転んでいたのだから驚きだ。

礼はいつもするようにクローゼットの前でネクタイを外し、ワイシャツのボタンに手をかける。
その様子を見ていた澄は、思わず顔を伏せた。
どきどきと心拍数が上がっていく。

「…あ、悪い。いつもの癖で」

着替えようとしていた礼は澄の様子に手を止めると、制服姿のままベッドに腰を下ろした。
ギシッと軋むスプリングの音に、澄はほんのりと頬を赤く染めた。


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